みかん小説
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"父親になりたくないなんて、一度も言ってない" 第4話

やがて、夫はかすかに目を伏せて、ぽつりと言った。

「……納得はしたよ。でも、悔しないかと言われたら、それは約束できない」

臓の底に、氷の塊を落とされたような気がした。

「そんな約束、誰にもできないだろ。選ばなかったほうのを、度も振り返らないなんていないよ」

嘘をつかない夫だった。 その誠実さが、今はどんな刃物よりもく、私の胸を抉り取っていた。 「絶対に悔しないよ」という優しい気休めすら、夫は私に与えてくれなかった。 それが、夫の誠の限界だったのだ。

そのの夜、私はベッドのでスマートフォンをいた。 先週からきっぱなしになっていた、旅の予約画面。 樽の温泉旅館。分の往復航空券。 計額が表示された赤いボタンのに、指を置いた。

画面をタップすれば、予約は完する。 来にはの呂に入って、美しい鮮をべて、で笑いえるはずだった。

けれど、指先が張って、どうしても画面を押すことができなかった。 今の夫を連れてへって、私はから笑えるだろうか。 景を見つめる夫の横顔を見るたびに、「このは今、本当は何を考えているんだろう」「私とでいて、本当に楽しいのだろうか」と、怯え続けるのではないか。

画面のが、暗い部のでやけに青く見えた。

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私はブラウザのタブを、音をてずに閉じた。

部の向こうから、夫の規則正しい寝息が聞こえてくる。 を伸ばせば触れられる距にいるのに、私たちはもう、同じ未来を見ていない。 そのたい事実だけが、寝ののに澱のように沈んでいた。

曜、私は朝からマスクを着け、ゴム袋をはめた。 側の点畳の部。 あの「未完成の部」を片付けるためだった。

夫とのに横たわる溝から目を背けるように、私はひたすら体をかしたかった。 部の空気を入れ替えるために窓をけると、晩の湿った気が流れ込んできた。

この部には、きを失った物が雑然と積みげられていた。 私の学代のアルバム、使わなくなった加湿器、夫が独代から持っているキャンプ具のコンテナ。 そして、部の隅には、引っ越してきた当のまま積まれた段ボール箱がいくつもあった。

「伝おうか」 廊から、夫が声をかけてきた。 休のスウェット姿で、には軍を持っている。

「……いいよ、でできるから」 「い物もあるだろ。やろう」

夫はそう言うと、私の返事を待たずに部に入り、番にあったきな段ボールを持ちげた。 昨あんな会話をしたばかりなのに、夫は何事もなかったかのように振るっている。 それがかえって、触れてはならない腫れ物のようにえて息苦しかった。

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で無言のまま、ゴミ袋に用品を放り込んでいく作業が続いた。 部のに響くのは、ガムテープを剥がすバリバリという音と、段ボールを引きずる擦れた音だけ。

「これ、奈美の類?」 夫がクローゼットの袋からろしたプラスチックケースをけながら言った。

「あ、それ、マンションの契約関係の類かも」 「類だな。別のファイルにまとめておくよ」

夫はケースの底から、分いの束を取りした。 、この古マンションを購入したの資料だった。 宅ローンの返済計画、管理規約、事項説。 のローンをでペアローンとして組み、を半分ずつしって買った、私たちのだった。

類の束をえていた夫のが、ふと止まった。 指先に挟まれていたのは、枚のA4用だった。 産が印刷した、この部の「取り図」のコピーだった。

夫はそのを見つめたまま、かなくなった。

「……悠介?」 声をかけると、夫はハッとしたように顔をげ、慌ててそのをクリアファイルに戻そうとした。

「なんでもない。古いチラシだ」 その自然な慌てぶりに、胸騒ぎがした。 私は夫の元へ歩み寄り、ファイルに滑り込ませようとしていたの端を掴んだ。

「見せて」 「いや、したものじゃないから」 「見せてよ」

夫のから、半ば引にを引き抜いた。

ただの取り図だった。 玄関、廊、バスルーム、対面キッチン、畳のリビングダイニング。

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