"薬を飲むと、母が消える" 第6話
はさなかった
314、曜。朝7。
駐には、古いの軽自が止まっていた。い軽トラではなかった。黒田さんはのそばにち、茶のセーターに、くたびれたダウンジャケットを羽織っていた。袖が擦れてっていた。玄関のまでは来なかった。
「子の。軽トラじゃ、3乗れないから」
私は部座席の、運転席の斜めろに座った。隣に由紀おばさん。に箱を置いた。
りして最初の10分、私はずっと黒田さんの部を見ていた。く刈った髪。首のろに、くなった古い傷痕があった。運転は穏やかだった。ハンドルを切るとき、は添えているだけで、のひらで押して回していた。赤信号で止まると、そのをいて、握って、またいて、握った。
沿いのは、まだ事で、片側交互通になっていた。脇で作業員が赤い旗を持ってっていた。私たちは3台目で止まった。
「2には、3に直るって言ってたのに」
由紀おばさんが言った。
「4だ。脚のとこ、まだ掘らないといけない」
「どうしてってるの?」
「見にった」
それだけの会話だった。でも、気づけば、もうのひらに汗をかいていなかった。
麻紐をほどいた。アルバムが2冊、通帳が1冊、私の母子帳。それから、古い計簿を使ったさなノートがあった。表に雑誌から切り抜いたの写真が貼ってあり、そのに、油性ペンでかれていた。
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〈今度は、スーパー以にも〉
最初の数ページには、のの費が残っていた。途から、母はペンでページを分け、やりたいことをひとつずついていた。
〈カラオケで、声がかれるまでう。いつもの曲じゃなくて、しい曲。(遥に教わる)〉
〈しょっぱい卵焼きをべる。で、遥と。(しょっぱいと言われたら、お母さんはこれが好きなの、と言う)〉
3ページ目には、折り込みチラシから切り抜いた赤い靴が貼ってあった。
〈赤い靴でかける。スーパーじゃないところへ〉
〈値段を見ずに、べたいものを頼む〉
〈遥と喧嘩しても、先に謝らない。(度やってみる)〉
そこで、声をして笑ってしまった。
喧嘩なら、何度もした。2のとき、夜までスマホをいじっていたら、母が部にび込んできて、取りげて米びつに放り込んだ。翌朝、ぶつぶつ叱りながら米のから掘りして、そのあとこっそり、30分もドライヤーを当てていた。
でも、喧嘩のあとは、いつも母が先に折れた。
度くらい、そうしないでみたかったのか。
笑っているうちに、の奥がつんとした。
運転席のが、バックミラーで度こちらを見て、またに目を戻した。
最のページには、〈4、ローカル線でを見にく〉。そのにさく、〈遥が忙しかったら、由紀とでもいい〉とあった。
由紀おばさんは、そのを見て、窓のほうへ顔を向けた。
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沢央病院の駐は広かった。黒田さんはいちばん端にを止め、エンジンを切った。シートベルトはさなかった。
「ここにいる」
先は40歳の、髪のい女の先だった。のにはスポーツウェアを着ていた。さな面談に案内された。机にはティッシュの箱だけが置いてあった。窓の向こうは庭園で、半分解けたのから、枯れたがのぞいていた。
「お母さんのことは、覚えています」
先は言った。
「まず、確かに言えることを。それから、わからないことをお話しします」
「脚が1以、い物に挟まれていると、筋肉のに体に害な物質がたまっていきます。急に圧迫を解くと、それが血液に流れして、そので臓が止まることがあるんです。だから、先に点滴を入れてから、持ちげます」
「545分に持ちげていたら、あの状態では、そので止を起こした能性がいといます」
先はしを置いた。
「ただ、絶対に助からなかったとは言えません。その点のお母さんを、私は診ていないので」
私はうなずいた。誰にも、はっきりした答えはせないのだと、もうわかっていた。
「痛がっていましたか」
先は、すぐには答えなかった。
「ええ。持ちげるから痛みがあって、痛み止めを使いました。病院に着いてからは、ずいぶんはっきり話せるようになっていました」
それから、先は続けた。
「私が着いたときも、識はしっかりしていました。最初に聞かれたのは、『娘はられましたか』でした」
由紀おばさんがを押さえた。
「鳴浦民病院へ運ばれてから、私も夜まで残っていました。務の方は、ほかのので来られて、の処置を受けていました。処置が済んでも帰らず、廊でひと晩座っていて。のガーゼが、血でいっぱいになっていました」
「11過ぎに、お母さんが護師に頼んで、あの方を呼んでもらったんです。しばらく話していました。何を話したかは、聞いていません」
私はちがった。
「ありがとうございました」
をげて、そのまま部をた。
ろで由紀おばさんが私を呼び、って追ってきた。
ロビーを抜け、自ドアを抜け、何列もののを抜けた。駐のいちばん端まで歩いた。
黒田さんはののそばにっていた。私を見ると、ダウンジャケットのポケットからをした。
2歩ほどで、ち止まった。
「母は、何て言ったんですか」
黒田さんは私を見ていた。いこと見てから、かぶっていたニットを脱ぎ、に持った。
「そのに、話してないことがある」
子の毛玉を見つめていた。
「あの、隙で、が届いたのは君だけだった。お母さんの袖をつかんでいて、指がほどけなかった。引くと、お母さんの脚が痛む」
し、が空いた。
「お母さんが、『黒田さん、切って』と言った」
「カッターで、袖を切った。病院に着いてから、お母さんが、君に伝えてくれと」
黒田さんが顔をげた。
「『私が切ってと言ったんだと、遥に伝えて。あの子は、をしてない』って」
が1台、通り過ぎた。タイヤがを踏んで、しゃあっと音をてた。
「それから、『あの子の、治ったか見てやって』と」
黒田さんは私のを見た。古いスニーカーの紐を、きつく結んでいた。
「……治ったか」
「治りました」
自分の声ではないみたいだった。
黒田さんはうなずいた。ニットを、く握っていた。
「『晩ごはん、残さずべるように言って』と」
私はち尽くした。
窓辺の母。泣きながら、晩ごはんを残さずべるように言う母。毎晩、そう言っていた。自分のが作りした言葉だとっていた。
「ってます」
私は言った。
「毎、そう言ってる」
黒田さんはがわからない様子で、私を見た。ろで由紀おばさんが、声をげて泣いた。
黒い着のポケットから、あの袋を取りした。もうすぐ1かになる。ずっと入れたまま、度も取りさなかった。
チャックをけた。
あの青い布だった。のひらほどしかなく、片側は袖のリブ編み、もう片側はまっすぐだった。刃物で切られたところが、毛羽っていた。
私はそれを握りしめた。指の節がくなるほど、く。
由紀おばさんがろから抱きしめてくれた。黒田さんは私たちに背を向けて、駐ののを見ていた。
帰りので、ラジオはつけなかった。由紀おばさんはずっと私のを握っていた。のひらに汗をかいても、さなかった。黒田さんはをひとつくして、しばらくすると、また戻した。
の半分を過ぎたころ、ようやくをいた。
「3か。どうして、言ってくれなかったんですか」
黒田さんはハンドルを握ったまま、交差点をひとつ過ぎてから答えた。
「12、体育館にった」
由紀おばさんが、はっと顔をげた。
「……あの、あなただったの?」
「あの作業着を見たら、君が叫びだした。体育館じゅうに聞こえるくらい。保健師さんにで止められた。もう姿を見せないでくれと」
覚えていなかった。でも、それは本当だとわかった。
「1、をいた」
私は窓のを見た。
「……捨てました。けずに」
「ああ。子にも、捨てられると言われてた」
「2、スタンドを届けたも、話すつもりだった」
すりガラスの向こうの、グレーのをいした。いこと、かずにっていた。
「じゃあ、このの曜の夜は。2のことを聞いたとき、どうして言わなかったんですか」
「あのとき言えば、お母さんの言葉で、自分をかばうことになる気がした」
それ以、聞かなかった。
澄浦町がづくと、の脇にが見えてきた。
「あの、私を引っ張りしてくれて、ありがとうございました」
言ってから、背もたれに体を預けた。運転席から、しれた。
黒田さんはバックミラーでこちらを見た。振り返らなかった。
「お母さんに言われたんだ」
しばらくってから、私は言った。
「これからうちに来るときは、先にノックして、名を言ってください。私がいいって言ってから、入ってきてください」
「わかった」
その夜、裁縫箱から針と糸をし、青い布の毛羽った切りを、ひと針ずつかがった。
縫い目はひどく曲がっていた。母には、く及ばなかった。
でも、縫い終えた。
顔をげると、窓辺に母が座っていた。膝には、いつもののカーディガン。でも、に針は持っていなかった。窓の、駐の向こうの、のあるほうを見ていた。
泣いていなかった。