"薬を飲むと、母が消える" 第4話
12秒の側
38、曜。
かけるに、藤井先のクリニックに話した。先は何かを言い聞かせたりせず、ひとつだけ尋ねた。
「見終わったあと、今夜は誰が緒にいてくれる?」
「由紀おばさんと、千」
「それならいい。つらくなったら、止めてね」
佐藤さんの仮設宅は1列目で、うちから4列れていた。歩いていく、私はずっと黒い着のポケットにを入れ、チャックつきの袋の端を触っていた。ビニールはつるつるしていて、を留めるところだけかった。取りしはしなかった。
拓のお母さんは麦茶をしながら、何度も謝った。あの晩は、うちの子が失礼なことを言って、と。拓は隅で腕を組み、黙っていた。
に由紀おばさん、に千が座った。拓はタブレットをテーブルに置き、止のボタンを指した。
「ここ。止めたかったら押して」
最初の画は6分しあった。の刻は1736分だった。
はじめは、揺れるばかりだった。誰かが名を呼び、犬が吠え、くで警報が鳴っていた。カメラが向きを変えた。うちだった。
わかったのは、玄関先の柿のがまだっていたからだ。そのろのは、台所のほうへ丸ごと崩れ、2階が1階に覆いかぶさっていた。踏み潰された箱みたいだった。
「ここだ! ここから声がする!」
黒田さんだった。瓦礫のに腹ばいになり、隙に顔を寄せて、懐灯でを照らしていた。
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そこで、母の声が聞こえた。
「黒田さん――遥が、隣に――先に、遥をして――」
私は止を押した。
部は静かだった。自分の呼吸が聞こえた。速すぎた。由紀おばさんは私に触れず、ただテーブルにを置いた。私から見えるところに。
4秒吸って、6秒で吐く。3回繰り返して、ようやく続きを再した。
カメラはくて、よく見えなかった。懐灯のが隙を横切ったとき、のものが斜めにっているのが見えた。落ちてきた2階を支えていた。
黒田さんはその隙に潜り込み、だけがに残った。
1741分。ろ向きにいてきた。その腕に、誰かを抱えていた。
裸で、から血がていて、には青いものを握りしめていた。
私だった。
この面は、まったく覚えていなかった。でも、あのグレーのセーターはっていた。沢から着て帰ったものだった。
画面のの私は面に寝かされ、誰かに着を掛けられた。次の瞬、起きがって、あの隙へり戻ろうとした。
お母さん、と叫んでいた。
黒田さんが両腕を広げ、私のにった。
「今は入るな!」
あの12秒だった。黒田さんも私もカメラに背を向けていて、だから今まで、止められているのが自分だと気づかなかった。
切り落とされていたのは、そのあとの2秒だった。
押し返されて、私は2歩がった。ほとんど同に、2階に残っていた軒先が、そっくり滑り落ちた。
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今、私が向かおうとした所に瓦が落ち、々になった。撮っていた拓が叫び、カメラがを向いた。
画面が暗くなる直、映っていない男のが鳴った。
「拓! スマホしまえ! からジャッキ持ってこい!」
最初の画は、そこで切れた。
私はまた止を押した。今度は、いこと続きを押せなかった。
「し休む?」
千が聞いた。
へて、10分ほどっていた。3に入ったばかりのは、まだたかった。顔に当たると、自分が面にっているのがわかった。千が自販売へり、温かいレモンティーの缶を買って、私に握らせた。くて持っていられず、からへ、何度も持ち替えた。さが落ち着いてから、ひとずつみ干した。
スマホをし、LINEをいてきはじめた。
〈野遥です。あの画は切り取られたものでした。止められていたのは私です。止めてもらわなければ、軒の敷きになっていました〉
3いて、送らなかった。全部見てからにしようとった。
隣で千が画面を見ていた。
「元のデータ、コピーさせてもらう。役にも、私から話しておく。今度は勝に切らせない」
そう言う千は、町の鏡からセーターまで話し続ける、いつもの千とは違っていた。
へ戻ると、拓はタブレットでファイルの詳細をいて、千に見せた。撮、所、さ。
千はひとつずつ、スマホで撮った。
それから、2本目をいた。1841分。
ようやく消防があのに入ってきた。黒田さんはヘッドライトのにっていた。に巻いたタオルが、真っ赤に染まっていた。でうちの瓦礫を指し、ヘルメットのに叫んでいた。
「医者は! 点滴はまだか!」
相の返事は警報にかき消され、「向かってる」とだけ聞き取れた。黒田さんは振り返って、また隙へ戻り、腹ばいになった。画面には靴底がふたつと、そのろでかずにっているだけが残った。
がわからなかった。を直すが、どうして点滴を求めているのか。
3本目は20数秒しかなかった。1942分。暗くて、担架ののオレンジの毛布と、ヘルメットをかぶったたちしか見えなかった。
「識あり!」
誰かが叫んだ。
それから、さな、かすれた声がした。
「遥は……」
っている声だった。23、聞いてきた。
由紀おばさんは何も言わなかった。テーブルに置いたが、ゆっくり握られていき、指の節がくなった。
そばの男のが答えた。その声もかすれていた。
「たよ。を切ったけど、丈夫だ」
担架ののは、しを置いた。
「……よかった」
そこで画面が暗くなった。
「ここで撮るのやめた」
拓はを向いていた。
「撮っちゃいけない気がして」
お母さんが拓の肩を抱いた。今度は、避けなかった。
「あの晩、帰ってきてから、ひと言もしゃべらなくて」
由紀おばさんに、さな声で話した。
「今でも、救急の音がするとをふさぐんです。あの画がグループで回ってから、何も部にこもって。自分のせいで黒田さんが、って」
「俺のせいじゃない」
拓が、くぐもった声で言った。
「切ったやつのせいだ」
お母さんは答えず、私のコップに麦茶をした。入れすぎて、しテーブルにこぼれた。袖で拭いた。
「うん。拓くんのせいじゃない」
私が言うと、拓は度こちらを見て、またを向いた。
スマホの3を見た。あとひと言つけて送ろうとった。黒田さん、ごめんなさい、と。
ドアがいた。
魚のにおいと潮が緒に入ってきた。40代の男のがっていた。靴からが滴り、には発泡スチロールの箱を提げていた。拓のお父さんの、健さんだった。さいころ、よく港で見かけた。
テーブルのタブレットに目をやった。1942分、担架ののオレンジの毛布で止まっていた。
声を聞いてわかった。最初の画の最で、スマホをしまえ、と鳴っただった。
「拓。何でこんなもん見せてる」
「グループで、黒田さんのこと――」
「これだけ見て、何になる」
健さんは靴を脱がなかった。箱を玄関に置いて、私を見た。
「野さんとこの娘さん。これ見て、黒田に助けてもらったってわかって、それで全部わかった気になったか」
私は答えなかった。スマホはまだるくて、あの3が映っていた。
健さんは拓を振り返った。
「そのあとの1以、おは撮ってないだろ。それは話したのか」
拓はを向き、ソファの端を指でいじっていた。
「父さんだって、言ってないじゃん」
健さんはし黙ってから、また私を見た。
「ジャッキはあったんだ。あいつが、2止めた」