"薬を飲むと、母が消える" 第3話
倉庫
2の終わりに、がった。
夜の8過ぎ、突然、部のかりが全部消えた。ストーブも止まった。辺りが真っ暗になって、何も見えなくなった。
その瞬、あの夕方に戻ったような気がした。が持ちがり、壁が鳴り、何かが体に載って、息ができない。だとわかっていた。ここは平だし、潰れたりしない。それでも体が言うことをきかなかった。こたつのそばにうずくまって、歯の震えが止まらなかった。
由紀おばさんは集会所へ毛布をもらいにっていて、まだ帰っていなかった。
蔵庫に貼った表は見えなかった。でも、いてあることは覚えていた。こたつ布団に触る。柔らかい。に触る。たくて、平ら。4秒吸って、6秒かけて吐く。
で、を踏む音がした。誰かが壁の配盤のところでしち止まり、それから玄関のまで来た。
とん、とん。2度、ドアを叩いた。
声はしなかった。
ドアのの隙から、かい黄のが差し込んできた。は揺れず、ずっとそこにあった。
音はざかり、隣のへ向かった。
由紀おばさんが毛布を抱えてび込んできたころには、私はもう話せるようになっていた。での線が切れて、この列は全部しているのだと言った。震ではなかった。玄関ののには、池式の黄い作業灯が置かれていた。
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底に細いテープが貼ってあって、油性ペンで「K-7」とかれていた。
「町から誰かが、軒ずつ配ってくれたのかもね」
由紀おばさんは言った。
その作業灯は、部をひと晩じゅう照らしてくれた。
33、千が来た。の同級で、震のあと、役で被災した財の登録を伝っていた。よくしゃべる子だった。町が鏡を替えた話から、お母さんがまたセーターを縮ませた話までひと通り済ませて、それからようやくバッグからコピーを取りした。
「野のおばあちゃんが言ってた、を運んだ話。調べてみた」
千はを指した。
「解体業者の記録にある。『台所側の柱材2本、仮設支柱1本。解体に黒田務が搬。役にで報告済み』だって」
「何のために?」
「そこはいてない」
その午、私はホワイトボードにいた。
〈千と黒田務へ、箱を受け取りに。3までに帰る〉
半は本当だった。半には、嘘が混じっていた。
黒田さんはの修理にていて、い軽トラはなかった。子さんは私を見ても何も聞かず、プレハブの裏の空きを抜けて、箱を取りに倉庫へ案内してくれた。
広い倉庫だった。材や具が積まれ、屑と械油のにおいがした。入り脇の棚にはフックが8つあって、黄い作業灯が7つ掛かっていた。底にはどれもテープが貼ってあった。
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K-1、K-2、K-3……。
K-7のフックだけ、空いていた。
私はそこを見つめた。何も言わなかった。
子さんが奥で箱を探しているに、私は倉庫のへ数歩んだ。そこでが止まった。
隅の壁に、柱が2本、てかけてあった。透なビニールで包まれ、それぞれにきの札がついていた。
〈野 台所側 柱①〉
〈野 台所側 柱②〉
柱は黒ずんでいて、半分がを吸ったパンみたいに腐っていた。そばには、曲がったの鉄の支柱が横たわっていた。札には〈仮設支柱・〉とあった。
柱のには、茶封筒がひとつ載っていた。封は切られていなかった。差は瀬さんの会社。消印は224だった。表に貼ったには、あの刻みつけたような字でいてあった。
〈野 原因調査〉
私は封筒を引き抜いた。
「それは――」
箱のから、子さんが顔をした。
で軽トラのエンジンが止まった。
具箱を持った黒田さんが、倉庫の入りにっていた。私を見て、にした封筒を見て、それから2本の柱を見た。
「何のために取ってあるんですか」
声が震えた。
「自分のせいじゃないって、証するため?」
「自分のせいかどうか、るためだ」
「何が違うんですか」
「違う!」
初めて声を荒らげた。具箱がに落ち、レンチが転がりた。千がびくっとして、私のろへを引いた。
黒田さんは何度か荒い息をしてから、また声を落とした。
「壁をしたのは俺だ。支柱を入れたのも俺だ。は台所のほうから潰れた。俺のせいなのか、わからない」
「だから、おを払って、自分のための報告をいてもらった」
「調べてもらった。俺のせいなら、認める」
「じゃあ、けてください。今」
私は封筒を差しした。
黒田さんはそれを見つめ、具箱を置いて、で封を切った。糊が固く、2度引っ張って、の端が毛羽った。
報告の半は、写真と寸法と、私にはわからない数字だった。黒田さんはったまま最のページまでめくり、箱のに置いた。
〈倒壊の起点:側台の腐朽部、および基礎の亀裂部〉
〈壁板撤による構造全体への響:軽微。倒壊の主因とは認められない〉
〈側仮設支柱:転倒せず。倒壊した2階とのに、さ約60センチの空が残〉
最に、〈以は現する部材および現写真に基づく判断であり、確実性を伴う〉とあった。
私は2度読んだ。
「じゃあ、あなたのせいじゃないってこと?」
「報告には、そういてある」
黒田さんは言った。
「見落としがあるかは、わからない」
「でも、頼んだのはあなたでしょう。おを払って」
黒田さんは最初のページに戻り、瀬さんの名と話番号を指した。
「聞いてくれ」
そので話をかけた。瀬さんは私の名を聞くと、数秒黙った。それから、採取した試料も、写真も、計算の過程も報告に載せてある、と言った。
黒田さんから受け取ったのは通常の調査費用で、結論を変えるように頼まれたことはない、と。
「この報告で判断できるのは、建物がどうして倒れたか、ということだけです。それ以のことは、調査していません」
話を切って、また2本の柱を見た。
「それなら、どうして夜に運びしたんですか」
「解体したら、調べられなくなる」
子さんは母の箱を抱えたまま、私たちのろにっていた。
「このが眠れてるとう?」
私に言った。
「3か、度も朝まで眠れてないの。夜に起きては、ここに座って、この腐った柱を見てる!」
「子」
「言わせてよ!」
報告は、もういていた。それでも私は箱を受け取らず、背を向けた。
帰りので、千はずっと黙っていた。
では由紀おばさんが待っていた。何も持っていない私のを見て、ホワイトボードを見た。
「箱は?」
「もらってこなかった」
「じゃあ、何しにったの」
倉庫であったことを話した。聞き終わると、おばさんの顔が険しくなった。
「ボードには、箱を取りにくっていたでしょう。どこで何をするか、本当のことをくって約束したよね。の倉庫を調べにくなら、そうきなさい。おばさんが止めるかどうかは、そのあとの話!」
こんなにきな声をすのは、珍しかった。何もなかったんだからいいじゃない、と言いかけて、み込んだ。
「ごめんなさい」
おばさんはしばらく玄関にち、ったつきで私の靴をそろえてから、台所へった。鍋や器のぶつかる音が、しばらく続いた。
その晩、煮物を持ってきた野のおばあちゃんに、務はどうだったかと聞かれた。柱が倉庫にあったことと、黒田さんが自分でを払って報告を作らせたことを話した。もう封をけたことも、何がかれていたかも、言わなかった。
話していると、胸がすくような、妙な気持ちよさがあった。
翌朝、町のLINEグループに、野のおばあちゃんの投稿があった。
〈黒田さんが、野さんのの柱を倉庫に隠していました。遥ちゃんが自分の目で見たそうです。皆さんもお気をつけください〉
すぐに返信が続いた。から怪しいとっていた。だから急いで運びしたのか。もうあそこには修理を頼まない。
夕方、千から話が来た。
「さんち、湯器の修理、途だけどもう来なくていいって。さんちの根も、キャンセルだって」
私はスマホを握ったまま、何も言えなかった。
3目、由紀おばさんと、町で唯営業していたスーパーに買い物にった。カートを押してレジに並ぶと、にいたのは子さんだった。
かごには、豆腐が1丁とねぎ、それからいちばんい米がひと袋しか入っていなかった。に並んでいた女のが振り返り、自分のかごをしへずらした。
子さんに触れるのを嫌がるみたいだった。レジのは、最初から最までひと言も話しかけなかった。「いらっしゃいませ」もなかった。釣り銭の銭は、渡さず、台のに置いた。
子さんはそれを1枚ずつ拾い、袋を持った。振り返ったところで、私に気づいた。
し止まって、軽く会釈をして、そのままていった。
何も責めなかった。
隣にいた由紀おばさんも何も言わず、カートのをひとつずつレジの台へ移した。
あの気持ちよさが、しずつ消えていった。代わりに、たい、いものが胃の底に沈んだ。
にしゃがんで指輪を拾っていた姿をいした。2度かかって、やっと拾った。
空いていたフックもいした。K-7。
の夜、ドアのから差し込んだは、しも揺れなかった。ドアを叩いたは、何も言わず、灯りだけ置いていった。
夜9過ぎ、またドアを叩く音がした。
玄関に、背のい男の子がっていた。制の着を着ていて、ろに母親がいた。
「佐藤拓です。のの、裏のにんでた」
きつい調だった。
「あの画、撮ったの俺です」
スマホを私のに差しした。
「誰かが切ってる。はみんな、勝なことばっか言って」
ろで母親が袖を引いたけれど、拓は振り払った。
「俺は、じいちゃんに送っただけなのに。今度は、黒田さんが物を隠したとか、またグループで悪言ってる」
唇を噛んだ。
「全部見てよ。見てから言って」
ののスマホを見た。画面は暗かった。
見たかった。怖くてたまらなかった。
「今はだめ。もう遅い」
由紀おばさんが、私のにった。
「曜」
私は言った。
「曜の午に、そっちで見せてもらう」
し考えて、つけした。
「途で、いつでも止めていいなら」
拓はし戸惑ってから、うなずいた。