みかん小説
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"薬を飲むと、母が消える" 第2話

そうかもしれない

震が起きたのは、20131121、曜の午512分だった。母は救されて、隣のの鳴浦民病院に運ばれ、翌朝410分にくなった。診断は読んだ。葬にもち会った。帰りのでは骨壺を抱えていた。っていたより、ずっと軽かった。

でも、っていることと、見えることは別だった。

黒田務の元の建物は、震で片側に傾き、ブルーシートをかけられていた。隣にプレハブの事務所が建っていて、ガラス戸にはきのが貼ってあった。

〈修理承ります。呼び鈴を押してください〉

てきたのは、50歳くらいの女のだった。髪がく、エプロンをして、にはボールペンを持っていた。

「黒田の内です。子っていいます」

私を見て、ため息をついた。

「野さんね。入って。、寒いでしょう」

事務所は狭かった。机がひとつ、子が2脚。壁のきなホワイトボードには、町内の所と修理内容がびっしりいてあった。ストーブので、やかんが湯気をげている。その隣には褪せた集写真が掛かっていた。ヘルメットをかぶった若い男たちが、崩れたのにっている。に、ボールペンで「1995.1 田区」とあった。

黒田さんは奥からてきて、入りのところで止まった。それ以、づいてはこなかった。

私はスマホの振込用を突きつけた。

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「母から120万、受け取りましたよね」

「ああ」

「何に使ったんですか」

「台所の漏れの修理」

「直ったんですか」

「いや」

それだけだった。ひとつ聞くと、ひと言返ってくる。余分なことは、何も言わなかった。

「もうし、ちゃんと話せないの?」

子さんは机にボールペンを置き、棚からファイルを引っ張りして、私のにどさりと置いた。

契約。建材への発注。調査会社への支払い。そのいちばんに返の細があった。最初のに「110、野遥様座へ87万円振込」とかれていた。

スマホでの細をいた。確かに、110に87万円が入っていた。この3か、残を度も見ていなかった。

「調査費と、もう使った材料の分が15万。伝票は全部ここ。あと18万は、松の建材さんに払ってあるの。震で休業してて、まだ返ってこない。営業を再したら、お返しするから」

おのことは、その机ので、10分もかからずに片づいた。

ファイルには調査報告も挟まっていた。118、沢の調査会社の瀬さんが現を見て、13に面をしている。最のページの所見には、調査・評価が完するまで台所側は使用せず、できればに転居するように、とあった。

受領欄には、母の署名があった。「野美」。「」の最の線を、母はいつもさな尻尾のようにく伸ばした。備考欄も母の字だった。

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〈転居先を探しています。末までに移る予定〉

「8に見たとき、このがお母さんに直接言ったの。先に旅館に泊まってくれ、費用はこっちで持つから、って。お母さんは、1泊7千円、2週で10万もするって渋ってね。うちが払うって言っても、受け取ってくれなかった」

由紀おばさんは報告を写真に撮り、そので載っていた番号に話をかけた。たのは瀬さん本だった。付は、ひとつずつ確かめても、全部っていた。

私は母の字のさな尻尾を、いつまでも見ていた。

子さんが奥から赤いブリキの箱を抱えてきて、机にどんと置いた。

「町にも届けて、うちで預かってたもの。自分で見て」

母の裁縫箱だった。蓋の模様は半分剥げていて、角がひとつへこんでいた。さいころ、私が太鼓代わりに叩いてつけた傷だった。

蓋をけた。ボタン、指ぬき、メジャー、さなはさみ。それから、輪ゴムでを留めた、赤い布の袋があった。輪ゴムをして傾けると、指輪がひとつ転がりた。

母の結婚指輪。父とはずいぶんに別れていたけれど、母はずっとはめていた。誰かのためじゃない、慣れてしまって、すと指が寂しいんだと言っていた。

「これも、持ってたんですか」

「箱は、お宅の器棚のからてきた。届けたときには、もうにあった」

最まで聞かなかった。

目に入るのは、指輪と、指が2本ない黒田さんのだけだった。

私は裁縫箱を押しやった。

箱は机の端から落ちて、にぶつかった。ボタンや指ぬき、糸巻きが散らばった。指輪が度ねて、黒田さんの元に転がった。

黒田さんはゆっくりしゃがんだ。で拾おうとしたけれど、残った3本の指では、さな指輪をつまめなかった。指輪はでくるりと回り、指のからまた落ちた。に替えて、2度目でようやく拾った。

私はって見ていた。伝わなかった。子さんも伝わなかった。机の向こう側で、唇を固く結び、夫のを見ていた。

黒田さんは指輪を赤い袋に戻し、を留め、箱に入れて蓋をした。それから机の真んへ押し戻した。

「お母さんのものだ。壊すな」

由紀おばさんがしゃがんで、ボタンをひとつずつ拾った。拾いながら、ふとを止めた。

「遥。美はセンターで働いてたでしょう。調理は指輪ができないの。毎朝して、裁縫箱の赤い袋に入れてた。仕事が終わって、を洗ってからはめるのよ。あの、曜だったでしょう」

いした。私が着いたとき、母は台所でねぎを刻んでいた。指輪はしていなかった。

指輪のことは、私の違いだった。

でも、謝らなかった。顔をげて、壁の集写真を見た。いちばん端に、背のい痩せた青がっていた。

にバールを持っていて、目元が目ののにそっくりだった。

子さんも、私の線を追った。

「30過ぎのころ、親方とったの。毎117は、にいない」

私は写真から目を戻した。昨夜から、喉に引っかかっていたことを聞いた。

「1、うちを解体するの晩、瓦礫から柱を運びしたの、黒田さんですよね」

「ああ」

「母がんだの、あなたのせいですか」

事務所がしんとした。やかんの音まで止まったようだった。

黒田さんは私を見ていた。何も寝ていないような、赤い目だった。

い沈黙のあと、言った。

「……そうかもしれない」

「黒田修!」

子さんが叫んだ。

黒田さんは振り返らず、奥のカーテンをげて、へ入っていった。

帰るとき、子さんは裁縫箱を袋に入れて由紀おばさんに渡し、まで見送ってくれた。たいので、何度も何か言いかけて、最にこう言った。

「お母さん、震のに、うちに箱を預けていったの。欲しくなったら、また来て」

「いりません」

帰り、由紀おばさんはゆっくりをらせた。

「そうかもしれない、って言ったね」

「うん」

「普通は、違うって言うのに」

「だから、あのなんだよ」

おばさんは答えなかった。ワイパーが2度いて、フロントガラスのを払った。

その晩、由紀おばさんが戸棚の奥から袋をしてきた。

「病院から返してもらった、お母さんのバッグ。

ずっと、渡せなかった」

洗いざらしでの抜けた、母の帆布のバッグだった。財布、鍵、ポケットティッシュ、ハンドクリーム。それから、さな帳が入っていた。

11のページをいた。

21の欄には、〈遥帰る。カレー〉。

23、曜。〈遥に引っ越しの話。ゆっくり。びっくりさせない〉。

24。〈由紀のへ。まずは2週〉。

そのに、さくいてあった。

〈台所のこと、遥に配かけない〉

「どうして24なの。8には、るように言われてたんでしょう」

由紀おばさんの顔が、こわばった。

「うちの空いてる部に、姑がいたから。施設に入るのが23だったの。震のは、その続きで沢にいた」

「それなら、先に旅館に泊まれば」

「言ったよ! あの、7千円がもったいないって。20もんできて何でもなかったが、あと2週でどうにかなるわけないって。布団は2階のの部に移したけど、台所は『ちょっとだけ』使ってたの」

おばさんの声が、だんだんくなった。

「引きずってでも連れてくればよかった。姑にソファで寝てもらったってよかったんだから。そう言ったのに、うちのソファはいって!」

最には、誰かと喧嘩をしているような調になっていた。

私にっているのではないと、わかった。

のに、「もしも」をひとつずつ並べた。母が、あんなに頑固でなかったら。由紀おばさんのお姑さんが、もうしく施設に入っていたら。

話で私が、そっちで勝にやって、なんて言わなかったら。曜の夜のうちに、由紀おばさんのへっていたら。

24まで、あと3だった。

おのことで、正はなかった。だからといって、ほかまで何もないとは限らない。台所の壁をしたのは、あのだ。は台所のほうから潰れた。震のあとには、その柱を夜に運びしていた。

そうかもしれない、と自分で言ったのだ。

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