"偽装結婚と消えた二十四の図面" 第16話
ボロアパートの活も、しずつを取り戻していった。 冴子は夜まで及ぶ無理な作業をやめ、夜には眠りに就くようになった。夕はパウチのゼリーではなく、俺が作る野菜たっぷりの豚汁や煮物が定番になった。 殺景だったリビングには、観葉植物の鉢植えと、が共する建築資料の本棚が並んだ。 「介さん」と呼ぶ彼女の声に、もうためらいの響きはなかった。
ただ、とも、あるつの話題だけは決してにしなかった。 。契約満ののことだ。 カレンダーがめくられるたび、俺はその付から目を逸らした。冴子もきっと同じだったはずだ。流し台で並んで皿を洗うが、に同に止まる瞬が増えていた。
のある、川さんの奥さんが、籠いっぱいに実った鮮やかな柿を届けてくれた。 「うちの庭ので採れたんです。今は豊作でね」 冴子はその柿の実を両で包み込み、懐かしそうに目を細めた。 「……祖父のにも、きな柿のがあったわ」
その夜、俺はリビングの壁に飾られた、蔵さんの描いた平のスケッチをい見つめていた。 そして冴子が寝静まった、俺は毎晩、事務所の製図机に向かった。 誰にも見せない、たった枚の図面を引くために。
階の作業に灯るかりに気づいた赤親方が、夜の缶コーヒーを無言で差し入れしてくれた。
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線を本引くたびに、蔵さんのスケッチのにあった平が、現代の最準の耐震性能を備えた本物の設計図としてちがっていった。
の末、桜台の軒目となる最のの事が無事に完した。 最の羽子板ボルトをインパクトレンチで締めげたのは、赤親方だった。周囲の職たちから拍が沸き起こった。 冴子は『24』とかれたファイルを胸に抱き、静かに目を閉じた。 あのから。彼女の孤独で過酷な戦いが、完全に幕を閉じた瞬だった。
そして、の最初の朝が巡ってきた。 空は鉛に曇り、たいが窓を叩いていた。 、冴子が事現に傘を差して現れたと、瓜つの朝だった。
リビングへくと、冴子はダイニングテーブルのに、数枚の類を然と並べて待っていた。 グレーのカーディガンにいブラウス。、この部で初めて夜をかしたと同じ装だった。
類の枚は、緑の婚届だった。妻の欄には、すでに彼女の流麗な文字で署名と捺印が済まされていた。 もう枚は、の振込受領証だった。残りの百万円が、今朝番で『妹尾務』の座へ送された記録だった。
「残りの半分も、務の名で完済しておいたわ。……お父様の板は、もう完全に綺麗よ」
そして最の枚が、のあの契約だった。
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「、本当にありがとう。……介さん、あなたはもう、自由よ」
冴子は微笑んでいた。だがその瞳の奥には、張り裂けそうな痛みが滲んでいた。
「私は、あなたの尊いを奪ったよ。これ以、あなたの輝かしいの図面に、私の汚れた名を残すわけにはいかないわ。……約束通り、これで終わり」
それが、この器用で真っ直ぐな女が引いた、精杯の最の線なのだと分かった。
俺は何も言わず、持参していた丸筒から、枚のきな図面を取りした。 青いリボンを解き、テーブルのに広げる。 冴子が差しした婚届を覆い隠すようにして。
冴子がハッと息を呑んだ。 図面に描かれていたのは、い軒と広々とした縁側を持つ、美しい平の宅だった。庭の片隅には本の柿のが描かれ、壁の内部には、本の狂いもなく緻密に計算された耐震壁の線が張り巡らされていた。 蔵さんが遺した鉛画のを、現代の技術で永に倒れないへと昇華させた、俺の渾の図面だった。
「……このを建てる所は、もう決まっています」
俺は静かに告げた。
「に、竜蔵社が私の事務所に来られました。昔、会社を拡するために放してしまった、蔵さんののを、個に買い戻したそうです。『あのに、親父のだった平を建ててやってほしい』とをげられました。