"偽装結婚と消えた二十四の図面" 第8話
軽トラックをりると、見覚えのある緩やかな坂に沿って、美しい切妻根の々が然と並んでいた。 根の勾配、窓の面積、ポーチのさな庇の幅。すべて、俺があの方ノートに夜を徹して描きした線そのものだった。は模型と青写真のでしかしなかった々に、今は洗濯物がに揺れ、のついた子ども用の自転が止まっている。
依頼主は、川さんという代の老夫婦だった。 「寒い、わざわざ来ていただいてすみませんねぇ」 品な奥さんが丁寧にをげた。元は町の学で国語の教師をしていたというご主は、好きのする温な笑顔を浮かべていた。
「定をに、終の棲としてこのを買いましてね。当たりが良くて、が通り抜ける本当に素らしい取りで、目で気に入ったんですよ。……ただ、の頃からどうも建具の調子が悪くてね」
ご主はそう言うと、ポケットからガラスのビー玉をつ取りし、廊ののにそっと置いた。 ビー玉はカタカタと乾いた音をてて加速し、壁の巾に向かって直線に転がっていった。
「孫が遊びに来たにビー玉を落として、偶然気づいたんです」
俺の背筋を、嫌な汗が流れ落ちた。 赤さんと目配せを交わし、俺たちは具を使って、傾きが最も酷いの壁の膏ボードを枚だけ慎に剥がした。
広告
埃がう、懐灯のを壁の内部へと差し込む。
柱と柱の交差部、震の平荷を受け止めるために、絶対に斜めに配置されていなければならない材――筋交い。 その空は、ぽっかりと空洞になっていた。 筋交いが本も入っていない。それどころか、柱と梁を緊結するためのホールダウン物や羽子板ボルトすら、本来の半分も取り付けられていなかった。
懐灯を持つが、激しく震えた。 俺の図面では、この壁にはミリ×ミリの筋交いがダブルで入っていた。物も、基準法を回る度で指定していた。 、井が『半分に減らせ』と求してきた、まさにその所だった。
「……赤さん、これ……」
振り返ると、赤さんは暗い壁の奥を見つめたまま、静かに煙を咥えた。驚いている様子は微もなかった。
「……そうか。このもだったか」
赤さんはそれだけをく呟き、なぜか俺から線を逸らした。 居に戻ると、奥さんが湯呑みと分い取扱説のファイルを運んできてくれた。
「あの、これがを引き渡されたの類です。何かの役にてばといましてね。私たち、このの図面を見るのが好きなんですよ。本当にむのことを考えて作ってくれたんだなぁって、見るたびに伝わってきて」
奥さんが誇らしげにいたファイルの最初のページ。
広告
確認申請用の建築図面だった。 平面図の取りは、俺が引いたものと寸分違わぬものだった。だが、構造図の壁倍率の計算式と、筋交いの記載だけが、無残に引かれていた。
そして、図面の。『設計者・事監理者』の欄。 そこにかれていた名は、俺の名ではなかった。
『篠原冴子』
その横に、彼女がいつも類に押していた真の認印が、くっきりと押されていた。
俺の引いた線を、あの女が自分の名で役所に提していた。 耐震度を偽装した、危険な抜き図面にき換えて。
『あなたの線は、もうこの会社には必ありません』
ののの言葉が、鼓膜の奥で狂ったように霊した。 俺を邪魔者として排除し、柄を奪い、偽装の責任をすべて隠蔽するために、あいつは俺をクビにしたのか。
「このにんで、毎が本当に幸せなんですよ。いつかこのを設計してくれた方に、直接お礼を言いたいとっていてね」
笑顔で語りかける川さん夫婦の顔を、俺は直することができなかった。このたちは、震度の揺れが来ればペシャンコに潰れてしまうかもしれない欠陥宅ので、何もらずに幸せを噛みしめているのだ。
帰りの軽トラックの内は、んだような沈黙に包まれていた。 俺の膝のには、川さんに頼み込んでコピーさせてもらった偽装図面があった。