"偽装結婚と消えた二十四の図面" 第7話
で魂を売るようなとは違うわ!」
誰かのために声を荒らげる冴子の姿を、俺は初めて見た。その肩は微かに震えていたが、瞳には燃えるような闘志が宿っていた。
社を退すると、背から音が追いかけてきた。 冴子がエレベーターのボタンを押している数秒の、井が俺の背にすり寄り、胸ポケットに枚の名刺をねじ込んできた。
「妹尾君、困ったことがあったら、いつでも私に相談しなさい。君とは昔、同じプロジェクトをがけた仲じゃないか」
元で囁かれたその声は、ゾッとするほど甘く、酷だった。
帰りの鉄の内で、冴子はずっと暗い窓のを見つめていた。ガラスに映る横顔には、い疲労が刻まれていた。
「……ごめんなさい」
「何がですか?」
「……父の暴言よ」
冴子は窓を見つめたまま、それだけを呟いた。 その夜、万ので、俺は社での冴子の言葉を何度も反芻していた。 『このを侮辱しないで』 、け容赦なく俺を切り捨てた女が、なぜ俺のために実の父親にを剥いたのか。彼女のので、過と現がどう繋がっているのか、がかかったように何も見えなかった。
の引き戸の隙から漏れるかりは、その夜も未まで消えなかった。 隙から覗くと、畳のに並べられた冊のファイルに向かい、冴子が何事かを乱にき込んでいた。
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「……あとし。もうしで、全部終わるから……」 独り言のような呟きが、夜の静寂に吸い込まれていった。
翌朝、冴子はダイニングテーブルのに置きっぱなしになっていた、俺の方ノートを見つけた。 細い指先がページをめくっていく。あるページので、その指がピタリと止まった。 『桜台分譲宅・全棟基本設計図』のページだった。
「……介さん。もう、図面は引かないの?」
俺はノートを彼女のから奪い取るようにして引き寄せた。
「引きませんよ。俺の線は、もう必ないんでしょう? あなたがそう言ったんだ」
冴子の肩が、まるで殴られたかのようにさくねた。 にしてから、あまりに気ない当てつけだったと悔した。だが、冴子は何も言い返さず、唇を噛み締めたまま静かに玄関へと向かった。
の終わり、現での解体作業をしていると、見覚えのある級セダンが肩に止まった。 りてきたのは井だった。でぬかるんだ面を、爪先ちで嫌そうに歩いてくる。
「妹尾君、し話があるんだがね」
のから赤さんが鋭い線を投げかけていた。俺は皮袋をし、井のにった。
「に臨株主総会がかれる。あの娘が株主の権利を盾にして無理やり招集させたんだ。そこでね、君に壇にって言証言してもらいたいんだよ。
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『この婚姻は、株式を取得するためにで結ばれた偽装結婚だ』とな。……そう証言してくれれば、君の残りの借百万円、私が全額ポケットマネーで払ってあげよう」
井はコートの内ポケットから、分い茶封筒を取りして見せた。冴子がのに差しした封筒よりも、遥かに分い現の束だった。
「お断りします」
俺は封筒を押し戻した。
「で割り切れる相として俺を選んだのは篠原冴子です。だが、俺は度結んだ契約を裏切るつもりはありません。だった親父から、約束のみだけは叩き込まれましたので」
井の目が、蛇のように細められた。
「そうか。君は本当に、何もらないんだねぇ。……、あの女が君に何をしたのかをれば、そんな悠な台は吐けなくなるはずだがね」
井はそれだけを言い捨てると、を避けながらへと戻っていった。 胸の奥に、毒を含んださな棘がく突き刺さった。、あのが俺に何をしたのか。それこそが、俺が最もりたい真実だった。
の初、赤さんが珍しく神妙な面持ちでしい改修事の案件を持ってきた。
「が自然に傾いて、引き戸が閉まらなくなったっていう個のだ。介、おも現を見にくぞ」
渡された現の所のメモを見た瞬、俺の呼吸が止まった。
『桜台丁目番』
に俺が命を削って図面を引いた、あの棟の分譲だった。