"偽装結婚と消えた二十四の図面" 第5話
ファイルの背表には、黒いインクで無質な数字がかれていた。 『1』から『24』まで。
「仕事の資料よ。……見ないで」
冴子は警戒をわにしながらファイルを抱え、自分の部へと戻ろうとした。だが、またしてもの引き戸が途でガタッと噛みってかなくなった。 押しても引いても微だにしない。冴子は苛ちを募らせ、ファイルをに放りすと、両で戸を力任せに引いた。会社で何ものエリート設計士を統率していた女部が、枚の歪んだ建具に敗しかけている。
「……ちょっと退いてください」
見かねた俺は、部から親父の形見の具箱を持ってきた。真鍮のさな鉋を取りし、引き戸を枠からす。敷居と鴨居の傾きを指先で測り、引っかかっている戸の端を数ミリだけ削り落とした。仕げに、引きしにあった蝋燭の蝋を敷居の溝にく塗り込む。分もかからなかった。 戸を元に戻して軽く押すと、指先本の力でスッと滑るように閉した。
冴子は呆然とした様子で、戸を何度もけたり閉めたりした。
「……くわね。この部に引っ越してきてから、ずっとこの戸と喧嘩していたのに」
独り言のようにそう呟いた、冴子は顔を伏せ、聞き取れないほどのかすれた声で言った。
「……ありがとう」
それから数の夜、冴子の部からドサリと鈍い音が響いた。
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何事かと引き戸の隙から覗き込むと、散乱した本やファイルので、冴子が膝をついて痛そうに腰をさすっていた。井まであるスチール本棚の最段にを伸ばそうとして、パイプ子からバランスを崩したらしい。
俺は何も見なかったふりをして自分の部に戻った。そして翌朝、作業の廃材置きから頑丈な無垢の檜の端材をもらってきた。 現にるの分、ノミと玄能を振るい、段だけのさな製踏み台を組みげた。角を丁寧に面取りし、底面にはゴムシートの滑り止めを貼り付けた。 来がった踏み台を、冴子の部のに黙って置き、俺は仕事へと向かった。
そのの夜、帰宅すると踏み台は冴子の本棚のにきちんと収まっていた。 冴子はそのことについて言も触れなかった。だが、翌朝のダイニングテーブルの端に、細いメモ用が枚だけ置かれていた。
『踏み台、とても使いやすいです。ありがとう』
定規で引いたような、几帳面な文字だった。
冴子の活は惨という言葉すらぬるかった。 夜遅くに帰宅し、ったまま蔵庫のでゼリー料のパウチを握りつぶし、わずか秒で胃袋に流し込む。それが彼女の『夕』だった。
「……それが夕飯ですか?」
ある夜、胃袋にゼリーを流し込む冴子の姿を見かねて、俺は尋ねた。
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「がないのよ。べることにを割くくらいなら、にやるべきことがあるわ」
「体を壊したら、元も子もないでしょう」
俺はため息をつき、蔵庫をけた。スーパーの特売で買っておいた豚肉の切れと、根、参、牛蒡を取りす。鍋にをかけ、煮干しで汁を取る。親父がの現で、寒さに震える職たちによく鍋で振るっていた、具だくさんの豚汁だった。
ちる噌と根菜の気配に、冴子は類を読むを止め、議なものを見るような目で鍋を見つめていた。 俺は々の豚汁をのお椀によそい、テーブルのに置いた。
「べてください。毒なんて入ってませんから」
冴子はお椀のに座り、両で包み込むようにして持ちげた。湯気のでい睫毛を伏せ、おそるおそる汁を啜る。、また。
「……あったかい」
冴子のから、さく息が漏れた。
「妹尾君、おかわりはある?」
「ありますよ。鍋にたっぷり作りましたから。……でも、のでも『妹尾君』なんですか?」
冴子がお椀を持ったまま、ピタリときを止めた。
「契約は夫婦なのに、のでも司と部みたいで落ち着きません」
冴子は眉をひそめ、真剣に悩むような表を浮かべた、酷く言いにくそうにをいた。
「……介、さん」
ぎこちなく呼ばれた名に、俺の臓が奇妙なね方をした。
週末になると、冴子は決まって朝からでした。 平のスーツ姿ではなく、汚れの目たない作業用のナイロンジャケットにを包み、履き古したスニーカーを履いていた。