"偽装結婚と消えた二十四の図面" 第3話
『妹尾君。図面に引く線はね、そこにむの命を預かる線よ。本でもいい加減な線を引いたら、そのはいつか必ず誰かを傷つけることになる。それだけは絶対に忘れないで』
歳だった俺は、震えるでその言葉をノートのページ目にき記した。 冴子は誰よりも仕事に厳しい司だった。俺が渾のいで提した図面は、何度も真っ赤な修正ペンで埋め尽くされて突き返された。悔しくて涙をこぼした夜は数え切れない。だが、指摘された通りに線を直すと、図面は見違えるほど美しく、理になった。夜まで残業していると、冴子もまた必ず自分のデスクで図面と睨みっていた。俺はこのの背を追いかけ、このので本物の設計士になりたいとから願っていたのだ。
入社目、俺は社運を賭けた規模プロジェクトの主担当に抜擢された。『桜台』という興宅に建てる、全棟の分譲戸建て宅の基本設計だった。 『妹尾君の図面でくわ。あなたの引いた線は、族の温もりが見える』 冴子にそう告げられた夜、俺は誇らしさで胸が破裂しそうだった。の族が、俺の引いた線のでを紡いでいく。これ以のびはなかった。
だが、着を目に控えたある、俺は役員に呼びされた。
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待っていたのは、当専務だった井だった。 『妹尾君、この図面の筋交いと耐震物、半分に減らしてくれないか。資材騰で予算も期もカツカツなんだよ。どうせ壁のに入っちまえば、役所の検査員だって誰にも見えやしないんだからさ』 井は笑いを浮かべながら、机のの構造図を指先で叩いた。俺の全から血の気が引いた。耐震等級を偽装し、抜き事をえというあからさまな指示だった。 『できません。そんな危険な抜きをしたら、震が起きたにが倒壊します。んでいるの命に関わります!』 俺はそので声を荒らげて拒絶した。井は忌々しそうに舌打ちし、何も言わずに図面を丸めて投げ捨てた。
その夜、俺は社内告発など信用できないと悟り、国交通省の建築指導課へ提するための内部告発類を自宅できげた。翌朝、番に社して、信頼する篠原部にすべてを打ちけ、緒に戦ってもらおうと考えていた。部なら、絶対にこの正を許さないはずだと信じていたからだ。
だが、翌朝、俺が鞄から類を取りすに、冴子は俺のデスクのに仁王ちしていた。たい瞳で俺を見ろし、フロアに響き渡る声で宣告したのだ。 『妹尾君、今であなたを解雇します。あなたの引く線は、もうこの会社には必ありません』
弁の余すら与えられず、警備員同伴で会社から叩きされた。
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内部告発の類をすことすらできなかった。昨まで肩を並べていた同僚たちも、俺を腫れ物のように巻きに見つめるだけだった。 を失い、職を失い、実に戻った俺に、親父は何も聞かずに本の鋸を渡してくれた。 俺は桜台のことから目を背けた。逃げたのだ。自分を納得させなければ、毎晩の悪に押し潰されそうだったからだ。
翌朝、俺は作業着の胸ポケットから名刺を取りし、指定された番号に話をかけた。 ツーコール目で、質な声がに届く。
「……引き受けます」
受話器の向こうで、冴子が微かに息を呑む気配が伝わってきた。
「ただし、俺からもつだけ条件があります。借の返済は、すべて『妹尾務』の名義で振り込んでください。親父が命懸けで守った板に、これ以を塗りたくない」
「分かったわ。その条件をむわ」
契約の締結は、都内の角にある古びた法律事務所でわれた。 迎えてくれた弁護士は、を超えた髪の温な老だった。篠原ホームの創業者であるき蔵さんの古くからの親友だという。
「蔵さんの遺言を預かっておりましてね。……妹尾君、君が来てくれて本当によかった」
弁護士は、なぜか俺の顔をしみじみと眺め、嬉しそうに目尻の皺をめた。 冴子は迷いのない流麗な致で署名した。
俺はペンを握ったまま、契約の末尾に記された文のでわずかに指を止めた。