"偽装結婚と消えた二十四の図面" 第2話
……そして最にもうつ。互いの過については、切詮索しないこと」
冴子はそこで初めて、顔をげて俺の目を真正面から見据えた。
「のことも含めて、ね」
その乾いた調に、俺の元から自嘲の笑みが漏れた。笑うしかなかった。
「……お断りします。体、なぜ俺なんですか。篠原ホームの社令嬢なら、目当ての男なんていくらでも列をなすでしょう」
冴子はわずかに線を伏せ、数秒の沈黙のにポツリと言った。
「あなたは……私の父がおでかせないだからよ」
それが俺に対する侮辱なのか、それともかすかな評価なのか、判別がつかなかった。
「返事は週待つわ」
冴子は濡れた材のに自分の名刺とい封筒を置くと、黒い傘をいてのへと歩きした。アスファルトを叩くの向こうへ、華奢なろ姿がざかっていく。俺はその背がの角に消えるまで、微だにせず見つめていた。見送る義理などない。ただ、目をすことができなかったのだ。
その夜、俺は畳半のアパートのさな文机のに座っていた。 机の端には、封を切る気力すら失せる督促状のが積みがっている。計で千百万円。俺が作った借ではない。俺の親父が遺した負債だった。
親父は職気質の頑固者で、さな『妹尾務』を営んでいた。
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親父を含めて腕利きの職がだけの、さな町のような務だった。だが、元請けのデベロッパーが連鎖倒産し、施代が円も回収できなくなった。 親父は夜逃げも自己破産も選ばず、自宅を担保に入れ、自分のを削って職たちの料と退職だけは最まで満額払い続けた。そしてある朝、加で鉋を握りしめたまま倒れ、度と目を覚まさなかった。
万の片隅には、煤けた妹尾務の製板がてかけてある。この板にを塗ったまま捨てるわけにはいかなかった。だが、今の見習いので返済を続ければ、完済できるのは以も先、俺が歳を過ぎた頃になる。では理解していても、の見えない暗をもがき続けるしかなかった。
夜のを回った頃、アパートの引き戸が慮がちに叩かれた。 現れたのは、コンビニのレジ袋に缶ビールを本ぶらげた親方の赤さんだった。赤さんは親父の昔からの仲であり、親父が急逝して途方に暮れていた俺を現に拾いげてくれた恩だ。
「昼のいい女、誰なんだ?」
畳のに胡をかいた赤さんに、俺は隠すことなくすべてを打ちけた。の解な解雇のことも、昼に提示された奇妙な契約結婚の条件も。
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赤さんは缶ビールを傾けながら、俺が話し終えるまで度もを挟まなかった。
「受けろよ、介」
話し終えた俺に、赤さんはあっさりとそう言った。
「のためで等じゃねえか。おがで twenty もすするより、さっさと親父の板を綺麗にしてやるのが先決だ。、別の部で寝起きするだけなんだろ。命まで取られるわけじゃねえ。……それにだな」
赤さんは煙にをつけ、煙の向こうから俺の顔をじっと見つめた。
「お、その女の話をしてるだけ、ここ数で番目がききしてやがったぞ」
赤さんが帰った、俺は押入れの奥から埃を被った段ボール箱を引きずりした。 底からてきたのは、角い方が綴じられた冊のスケッチノートだった。設計士としてで図面を引いていた頃、々の気づきをき留めていたノートだ。 理の取りのスケッチ、耐力壁の配置、構造計算のメモ、そして施主から聞き取った『朝の入るキッチンがいい』『子どもが廊をれるようにしたい』といったさな願い事の数々。ページをめくるたび、に置きりにしてきた自分自の霊と目がうようだった。
ノートの背表の隙に、本の製図用シャープペンシルが挟まっていた。芯径〇・ミリ。グリップの黒い塗装はすっかり剥げ落ち、の真鍮が鈍くっている。
、篠原ホームに入社した初、当設計主任だった篠原冴子から渡されたものだった。