"離婚しても、うちの嫁を辞めていいとは言ってない" 第22話
「あなたたちのこれからの活が、破綻することなく、制度と周りの助けを借りながらうまく回っていくことを、ながら願っています」
「待てよ! 真由美! くなよ!」
誠司が鳴のような声をげた。 だが、そのは、私のを追うことができなかった。 両に抱えた、特売のオムツと惣菜パンのみ。 それが、彼自のが引き受けなければならない、逃れられない現実の質量だったからだ。
「さようなら、誠司さん。お元気で」
私は度だけ、々と丁寧に礼した。 の結婚活に、完全にピリオドを打つための、最の挨拶。
顔をげると、私は度も振り返ることなく、歩きした。
背から、男が私の名を呼ぶ声がさく響いたような気がした。 けれど、その声は、夕暮れの駅広の雑踏と、帰宅を急ぐ々の音のに、跡形もなく掻き消されていった。
私の臓は、驚くほど静かに、定のリズムを刻み続けていた。
アパートの階段をがり、202号の鍵をける。
カチャリ、と気のいい属音が響き、ドアがいた。 部のに、昼千代子さんからもらったじゃがの、甘辛い醤油の匂いがかすかに残っていた。
靴を脱ぎ、部にがる。 が差し込む畳は、オレンジの柔らかなで満たされていた。
私はバッグを置き、買ってきたばかりの袋から、焼きがったばかりの湯呑みを取りした。
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のひらに包み込む。 ひんやりとしたの触り。 淡い桜の表面に、焼成の過程でできた細かな貫入が、を反射してきらきらと輝いている。
キッチンにち、気ケトルにを注ぐ。 スイッチを入れると、コポコポと静かな湯沸かしの音が部に響き始めた。
テーブルのには、昨夜ロフトで買ってきたばかりの、しい革表の帳がかれていた。
のマンスリーページ。 夕方のに照らされたそのいマス目には、几帳面な私の文字で、たくさんの予定がき込まれていた。
『6/5 陶芸教(釉薬の本焼き)』 『6/12 久美子と沢旅(泊)』 『6/19 区の定期健康診断(胃カメラ・乳がん検診)』 『6/26 千代子さんと民劇の落語会』
かつて、私のカレンダーを真っ黒に埋め尽くしていた文字は、もうどこにもない。 循環器内科の予約も。 形科の注射の程も。 夫のスーツの受け取りも。 誰かの顔を伺い、誰かの嫌を損ねないためにすり減らしていた、のためのスケジュールは、ひとつ残らず消えっていた。
シュンシュンと、ケトルがよい蒸気を吐きし始める。
急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。 茶葉がゆっくりとき、鮮やかな緑のが広がっていく。
焼きがったばかりの桜の湯呑みに、お茶を注ぎ分けた。 ちる、く、ばしい煎茶のり。
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湯呑みを両で包み込み、窓辺のローテーブルのに腰をろした。 指先に伝わってくる、確かな陶器の温もり。 含むと、よい渋みと、ふくよかな甘みが舌のに広がり、喉の奥を滑り落ちていく。
胃のあたりが、じんわりと温かくなった。
窓のを見ろすと、夕暮れのに、ぽつり、ぽつりと灯が灯り始めていた。 を急ぐ々の。 スーパーの買い物袋をげた母親。 自転を押して歩く学たち。
婚した。 区役所の駐で、元夫は「これでやっと自由だ」と言った。 あの、彼らが信じていた『自由』とは、面倒な妻を追いし、責任を放りして、座でシャンパンをけることだった。
けれど、本当の自由は、そんなっぺらい所にはなかった。
自分の力で稼ぎ。 自分の責任でき。 自分のためにお茶を淹れ、自分の帳に、自分のきたいをき込むこと。 誰かに必とされることで己の輪郭を保つのではなく、ただ自分というを、自分自でしてやること。
「自由だわ」
声にしてみると、その言葉は温かい湯気と緒に、夕暮れの部のに静かに溶けていった。
私はもう度、桜の湯呑みにをつけた。 窓の向こうの空には、番がくさく瞬いていた。
私ののカレンダーには、もう度と、誰の顔もき込まない。
ここから始まる私のを、私は、私だけの名で埋めていく。