"5年ぶりに帰宅した夫と、もう父親を必要としない家族" 第17話
画面が切り替わった瞬、娘のからい鳴ががった。
『格』
赤い文字が、液晶画面の真んに浮かんでいた。
「お母さん……! 受かった……! 受かったよ……!」
音が私の胸にび込んできた。 柄な体が、激しく震えている。 私は娘の背をく抱きしめ、何度も、何度も背を擦った。
「おめでとう、音。本当によく頑張ったね……本当によく頑張った」
涙が止まらなかった。 の孤独も、夫から浴びせられた「暇つぶしのパート」という蔑みも、あの夜ゴミ箱から拾いげた皺だらけのパンフレットも。 すべてが報われた瞬だった。
私たちは勝ったのだ。 あのの傲にも、理尽な押し付けにも屈せず、自分たちのを守り抜いたのだ。
そのの夜、音のスマートフォンに、珍しく夫から話がかかってきた。 名古にいる夫にも、受験の結果は伝えてあった。 娘はスピーカーフォンにして、テーブルのに端末を置いた。
「もしもし、音か。……受かったそうだな」
受話器の向こうの夫の声は、どこか掠れていた。 以のような威圧な響きはなく、探るような、頼りなげなトーン。
「うん。教育学部に受かったよ」
「そうか。まあ……俺の娘だからな。は悪くないとってたよ」
夫は乾いた笑い声をげたが、音は何も答えなかった。 沈黙が流れる。 焦ったように、夫が言葉を継いだ。
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「入学式はいつだ? 俺もを取って、京にこうとうんだが。久しぶりにで飯でもおう。美いを予約するから」
「お父さん」
音の声は、凪いだ面のように静かだった。
「入学式はお母さんとでくから、来なくていいよ」
「……何?」
「、わざわざ取らなくて丈夫。交通費もかかるし。今まで通り、名古のお仕事頑張って」
「音、お……父親に向かってそんなたい言い方があるか! 俺がおの学費をさないわけじゃないんだぞ!」
「学費は、お母さんが教育ローンを組んでくれたから丈夫。分は私が奨学を申請したの」
音は、机のの格通を見つめながら、はっきりと言い切った。
「お父さんのおには頼らないって、最初から決めてたから。今まで育ててくれてありがとう。でも、私のこれからのに、お父さんの許はいらないから」
ツッ、と娘のが画面に触れ、通話が切られた。
リビングに静寂が戻る。 音はすっきりとした顔でちがり、「お母さん、お祝いのケーキ切ろう!」と蔵庫へ向かった。
父親というの輪郭が、娘ののから完全に消滅した瞬だった。 力でねじ伏せ、経済力で首輪をはめようとした結果、男がに入れたのは、実の娘からの完全な精神放逐だった。
桜が散り、緑の匂いがを包み始めた旬の曜。
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私のスマートフォンの呼びし音が鳴った。 弁護士の先からではなく、夫の携帯番号からだった。 度呼吸をしてから、通話ボタンを押す。
「はい、田です」
「……由紀子か。今、京駅に着いた」
受話器から聞こえてきた声は、ひどく疲弊していた。
「話がある。で会えないなら、おだけでもいい。頼むから、度会ってくれ」
頼むから。 あのプライドの塊のような男のから、そんな言葉がるとはわなかった。 私はしだけ考え、答えた。
「分かりました。自宅くの喫茶なら、だけお会いします」
駅のチェーンの喫茶。 休の昼がり、内は族連れやカップルで賑わっていた。 窓際の席に座っていた夫の姿を見た瞬、私はわずを止めそうになった。
半ぶりに見る夫は、驚くほど老け込んでいた。 肩の線は落ち、頬はこけ、着ているスーツの袖には細かい毛玉がついている。 あれほど気を使っていた髪にはいものが目ち、何より、全から漂う気のない淀んだ空気が、かつてのエリート然とした面を完全に削ぎ落としていた。
「……来てくれたか」
夫は力なく顔をげた。 テーブルのには、付かずのめたアメリカンコーヒーが置かれている。
「お待たせしました」
私は向かいの席に腰をろし、アイスティーを注文した。
「正弘さん、名古のお仕事はどうですか」
当たり障りのない世話を振ると、夫は顔を歪め、苦い唾をみ込むように俯いた。