"5年ぶりに帰宅した夫と、もう父親を必要としない家族" 第9話
「音、お……!」
「お父さんが戻ってきてくれて、最初は嬉しかったよ。またで暮らせるのかなって、ちょっとだけ期待したよ。でも、帰ってきた途端にこれ? 自分の世のために引っ越せ? 私の受験なんてどうでもいい? お母さんの仕事を暇つぶしだって笑ったの?」
音はテーブルのノートを乱暴に抱え直した。
「ふざけないで。私たちはね、お父さんが阪で自由に仕事してる、で必にきてきたの。お母さんは私のために夜遅くまで働いて、私はお母さんに配かけないように必で勉してきたの! そのを全部なかったことにして、急に『父親面』して命令しないでよ!」
音はそれだけ言い放つと、振り返ることもなくリビングをてった。 階段をがる音のに、いドアの閉まる音が響いた。
静寂。 卓には、め切った焼き鳥の油がく浮いていた。
夫はち尽くしたまま、拳を刻みに震わせていた。 プライドをズタズタに引き裂かれ、娘にすら見されたという事実が、その背を滑稽なほどさく見せていた。
「……全部、おのせいだ」
夫が、をうようない声で呟いた。
「おが音にあることないこと吹き込んで、俺を悪者に仕てげたんだろ。俺が阪でどれだけ惨めないをしてきたか……族のためにどれだけしてきたか……!」
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「族のため?」
私はたく笑った。 その乾いた笑い声に、夫がビクッと肩をねさせる。
「正弘さん。本当のことを言いなさいよ」
「……何だと?」
「京本社に、本当にあなたの戻る席があったの?」
夫の表が、凍りついた。 目のの男の顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。
リビングのシーリングライトのいが、夫の青ざめた顔を容赦なく照らししていた。
「な……何を言ってるんだ。あるに決まってるだろ。俺は営業の線でやってきたんだぞ」
声が泳いでいる。 線が定まらず、テーブルののビールの空き缶と私の顔を何度も往復している。 く夫婦をやっていれば、あのが嘘をつくの癖くらい、痛いほどよく分かる。 都の悪い事実を隠す、あのは決まって線をに泳がせ、語気を荒らげるのだ。
「本当にあるなら、なぜ名古支社の営業第課なの?」
私は歩、夫にづいた。
「あなたの同期の鈴さんは、のに本社の営業統括部になったわよね。賀状にいてあったわ。阪赴任、あなたと鈴さんは同じ課代理だった。でも、鈴さんは本社で世して、あなたは阪の支社に据え置かれた」
「鈴の野郎は領がいいだけだ! あんな腰巾着の世なんて関係ない!」
「関係あるわよ」
私は逃げを塞ぐように、徹な声で言葉をねた。
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「阪でのあなたの実績、本当はどうだったの? 、活費を急に半分に減らした、『業績悪化で料ががった』って言ったわよね。でも、の械部品メーカーの営業課代理が、会社の業績連だけで料が半分になるわけがない。基本は守られているはずよ」
「それは……向こうでの付きいが……」
「付きいじゃない。あなたは阪支社でも部とトラブルを起こして、プロジェクトからされたんじゃないの?」
空気が、凍りついた。 夫の喉仏が、ゴクリときくした。
「……誰に聞いた」
絞りすような、掠れた声だった。
「誰にも聞いてないわ。でも、調べれば分かることよ。鈴さんの奥さんとは、今でも子どもの受験の話でたまに連絡を取りってるもの。あのがポロッと言ってたわ。『田くん、京に戻る枠を自分で断ったらしいわね。本社のポストじゃ、昔の部に使われることになるからプライドが許さなかったんじゃないかしら』って」
完全なブラフだった。 鈴さんの奥さんとそんな話はしていない。 けれど、夫の反応が、それが真実であることを残酷なまでに証していた。
夫の顔が、みるみるうちにりと屈辱で赤黒く染まっていく。 額に青筋が浮き、唇が刻みに痙攣していた。
「……あいつらが、俺をコケにしたんだ」
夫のから、どす黒い本音がボロボロと溢れした。
「京本社の営業部はな、デジタル化だのなんだの言って、代の若い連が幅を利かせてるんだよ! 俺が戻ったところで、かつての部の鈴ので、窓際の企画課で類仕事の雑用係だ! そんな惨めな姿を、同期や輩に見せられるかよ!」