みかん小説
本棚

"5年ぶりに帰宅した夫と、もう父親を必要としない家族" 第5話

でも、私が拾った。この学を受けるんでしょう?」

音は唇をく噛みしめ、やがてさく、けれど力く頷いた。

「うん。私、ここにきたい。絶対に諦めたくない」

「分かった。なら、お母さんがなんとかする。あなたは自分の勉のことだけを考えなさい」

「でも、お父さん、会社に言っちゃったって……」

「の問題は、が片付けるの。音が背負うことじゃないわ」

弁当箱の蓋をパチンと閉め、ランチクロスで包んで娘ののひらに乗せる。 その温もりに触れた瞬、音の張っていた肩の力がふっと抜けたのが分かった。

「ってきます、お母さん」

「ってらっしゃい。に気をつけてね」

玄関のドアが閉まり、娘の音がざかっていく。 それを見届けてから、私は洗面所へ向かい、たいで顔を洗った。 鏡に映る自分の顔を見る。歳。目尻にはじわがあり、疲れは隠せない。 けれど、その瞳の奥には、にはなかったくたいが宿っていた。

リビングに戻ると、寝から起きてきた夫が、あくびを噛み殺しながら現れた。 ヨレヨレのスウェット姿で、ポリポリと顎を掻いている。

「おい、由紀子。朝飯は? あと、俺のワイシャツ、クリーニングしてくれたか? 阪から送った荷物のに溜まってたんだが」

私は計を見た。分。

「朝ご飯はそこにパンとバナナがあります。

広告

ワイシャツは、ご自分でコインランドリーへ持ってってください。私、もう仕事にかないとにわないので」

夫の眉が、ピクリとねがった。

「はあ? 夫がぶりに帰ってきた翌朝に、パンとバナナだと? お、昨の今でまだそんなふざけた態度を取る気か」

「ふざけているのはどちらですか」

私はバッグを肩にかけ、靴を履くために玄関へと向かった。

「言っておきますが、名古の件、私は歩も譲りません。引っ越しもしないし、仕事も辞めません」

「おい、待てよ由紀子!」

夫がスリッパを引きずりながら、血相を変えて玄関まで追いかけてきた。 その顔には、昨夜の余裕は消え失せ、あからさまな苛ちと焦りが張り付いている。

「いい加減にしろ! 俺が誰のために名古きを決めたとってるんだ! すべてはおたちの活のためだろうが! それを何だ、そのいがった態度は! たかがパートがりの副が、俺の世を邪魔する気か!」

「邪魔をしているのは、あなたの方です」

私はドアノブを握り、振り返って夫の目を正面から見据えた。

「私の仕事も、音の受験も、あなたの世の付属品じゃない。私たちはあなたの所物じゃないのよ、正弘さん」

「お……!」

夫がを振りげようとした瞬、私はポケットからスマートフォンを取りし、その画面を夫の目のに突きつけた。

広告

画面には、録音アプリの止ボタンが赤く点滅していた。

「昨夜の、お部での話。全部録音させていただきました」

夫のきが、ピタリと止まった。 振りげた腕が、滑稽なほど自然に宙で固まる。

「『妻は放しでんでいる』『娘の転続きもめる』……会社の司に、ずいぶんと威勢のいい嘘をついていらしたのね」

「お、お……盗み聞きしたのか!? 卑怯な真似をしやがって!」

「卑怯? 族のを勝に売りばして世の具にしたから、そんな言葉を聞くとはわなかったわ」

私はたく言い放ち、玄関のドアノブを回した。 のたい朝の空気が、いたドアの隙から気に流れ込んでくる。

「今の夜、もう度きちんと話しいましょう。逃げないでくださいね、正弘さん」

背で夫が何かを鳴り散らす声が聞こえたが、私は度も振り返ることなく、駅へと続く坂をでり始めた。

空はひとつなくれ渡っていた。 え切った空気が肺の奥を満たしていくたびに、私の覚悟はより層、鋭く研ぎ澄まされていく。

戦いは、まだ始まったばかりだった。

ドラッグストアの調剤の奥、スチール製の棚が並ぶバックヤードには、いつも湿布と消毒液のツンとした匂いが満ちていた。

午。 品しのを止め、オリコンと呼ばれる折りたたみコンテナを台に積みげていた、事務所のドアが静かにいた。

「田さん、ちょっといい?」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: