"5年ぶりに帰宅した夫と、もう父親を必要としない家族" 第3話
管が破裂してで業者を配した真の夜。 私の母が脳梗塞で倒れ、病院の廊で震えながら術同にサインしたあの午。 夫に話をかけるたび、受話器の向こうから返ってきた「おがなんとかしてくれ、俺は忙しいんだ」という無質な言葉。
そのすべてを「暇つぶし」の言で片付けられたのだ。
「私、名古にはかない」
私は静かに、けれどはっきりと告げた。
「音の受験が終わるまで、絶対にここをかない。私の仕事も、辞めない」
夫は嘲笑うように角を吊りげた。
「何を言ってるんだ。会社にはもう、族帯同で内示を受諾したって報告してあるんだよ。今さら覆せるわけがないだろうが」
「勝に報告したんでしょう! 私たちは言も『く』なんて言ってない!」
その、私の腕のから音が抜けした。 娘はまっすぐにちがり、テーブルの向こうにいる父親を見据えた。 その瞳には、もう涙はなかった。 ただ、え切った、底のない拒絶だけがあった。
「お父さん」
音の声は、静かだった。けれど、そのにいた誰の声よりもく響いた。
「お父さん、勘違いしないで。私とはもう、の族じゃないよ」
夫が怪訝そうに顔を歪める。
「……何だと?」
「お父さんがいなかった、私たちはできてきたの。お父さんの帰りを待つだけの都のいい族は、もうどこにもいないの」
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音はそれだけ言い残すと、自へとに戻っていった。 バタン、といドアの閉まる音が、苦しい余韻を残して響き渡った。
計の針は、夜のを回っていた。
リビングには、テレビの砂嵐のようない沈黙が居座っている。 夫は「話にならん」と言い捨てて、シャワーを浴びた、かつての夫婦の寝に閉じこもっていた。 分の垢が染み付いたスーツケースは、リビングの隅にけ放たれたまま放置されている。
私は、台所のシンクでたくなったフライパンを洗っていた。 スポンジを握る指先が、でく張っていく。
ガサリ、とリビングのゴミ箱から乾いた音がしたような気がして、私はを止めた。 振り返ると、ゴミ箱のから、鮮やかな青の片が覗いている。
胸騒ぎがして、ゴム袋をして歩み寄った。
ゴミ箱のに無造作にねじ込まれていたのは、音が切に机のに飾っていたはずの、京学芸学のオープンキャンパスのパンフレットだった。 表には、娘の几帳面な字で『教育学部 初等教育教員養成課程』とマーカーが引かれている。 それが、真んから無残に握りつぶされ、くしゃくしゃの塊になって捨てられていた。
「……っ」
喉の奥から、い鳴のような息が漏れた。 誰が捨てたのかなど、考えるまでもなかった。
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音が自分で捨てるはずがない。 シャワーを浴びる、夫がリビングをうろついていた姿が脳裏に蘇る。
『京の学にこだわる必がどこにある』
夫の声が、の奥で々しく再された。 あのは、娘がかけて積みげてきたを、ただのゴミとして握りつぶしたのだ。 自分の名古きという計画の邪魔になる、目障りな障害物として。
私は震える指でパンフレットを拾いげ、膝ので丁寧に皺を伸ばした。 どれだけのひらで擦っても、度く刻まれた折り目は元には戻らない。 破れかけた表を見つめていると、界が歪んで、ポタポタと涙がのに落ちた。
泣いているじゃない。 私が泣いてどうするの。
胸の奥で、カチリと何かが凍りつく音がした。 しみや悔しさは、急速に温度を失い、研ぎ澄まされた刃のような気へと変わっていく。
そのだった。 階の寝から、微かに話し声が漏れ聞こえてきた。 古い造の軒だ。井のい板を通して、夫のく湿った声が台所まで届いてくる。
私はパンフレットを胸に抱いたまま、音をてずに階段をがった。
ドアの隙から、細いかりが漏れている。
「……ええ、部。はい、田です。夜分遅くに申し訳ありません」
夫の声だった。 いつもの横柄な態度は微もなく、媚び諂うような、擦ったトーン。
「ええ、内示の件、本当にありがとうございました。名古支社のて直し、骨を折る覚悟でございます。