"5年ぶりに帰宅した夫と、もう父親を必要としない家族" 第2話
計の秒針がむコチコチという音だけが、障りなほどきく響く。
「……待って。引っ越すって、全員で?」
私の声が、微かに震えていた。りなのか、恐怖なのか、自分でも判別がつかない。
「当たりだろ。単赴任はもう懲り懲りだ。飯の配も洗濯の配もせずに、仕事に集したいんだよ。向こうの社宅は名区にあってな、族向けの3LDKだ。京のこの狭い賃貸よりずっと広いぞ」
「音の受験は、どうするの」
私は、隣で完全に固まっている娘の顔を見た。 音の指先は、持っていた割り箸をくなるほどく握りしめている。
「音はよ? 共通テストまで、あとヶもないの。今から転なんてできるわけないでしょう」
「転が無理なら、寮に入るなり、向こうの私の編入枠を探すなりすればいいだろ。だいたい、京の学にこだわる必がどこにある? 名古にだっていい学はいくらでもあるぞ。とか、名とかさ」
「受ける学は、もう決まってるの!」
音のから、掠れた叫びが漏れた。 いつも穏やかで、私の顔を伺ってばかりいた娘が、肩を激しくさせて父親を睨みつけている。
「私、ずっと京学芸を目指して勉してきたの。模試もずっと判定追って、予備の先とも相談して、推薦も蹴って般で受けるって決めたの! 今さら名古の学なんて……私のこのの努力、何だとってるの!?」
広告
「音、父親に向かってそのの利き方はなんだ」
夫の声が、段くなった。 管理職特の、部を威圧するのたいトーン。
「誰ので予備に通わせてもらってるとってるんだ。族っていうのはな、父親の仕事をに回るのが当たりなんだよ。しは俺の苦労を考えたらどうだ。おたちのために、俺がどれだけをげて働いてきたか」
「苦労……?」
音の瞳に、ボロボロと涙が溜まっていく。 だが、その涙はしみではなく、底れない絶望と拒絶のを帯びていた。
「お父さん、私の今の第志望の学部、ってる? 予備に週に何通ってるかってる? のに私がをして救急で運ばれた、お父さん、話でなんて言ったか覚えてる!?」
夫は苛たしそうに舌打ちをした。
「昔のことを蒸し返すな。俺は阪で必だったんだ。細かいことまでいちいち覚えてられるか」
「覚えてないんじゃないよ。最初から興なんてなかったんでしょ」
「音!」
夫がテーブルを叩いた。ガチャンと器がね、噌汁がわずかにこぼれる。 私は咄嗟に音の肩を抱き寄せ、夫のにちはだかった。
「……私の仕事はどうなるの」
できる限り声を荒らげないよう、奥歯を噛みしめながら問いかけた。
「私の仕事はどうするのって聞いてるの、正弘さん」
夫は呆れたようにを鳴らし、残っていたビールを気にみ干した。
広告
「仕事って……駅のドラッグストアのパートだろ? そんなもん、向こうにってからまた所で探せばいいじゃないか。なんてどこもして変わらん」
の芯が、プツンと音をてて切れそうになった。
「パートじゃないわ。私はから準社員で、今のからは登録販売者の資格を取って、副になったの」
「は?」
夫は目を丸くした。本当に、初だという顔をしていた。
「副……? おが?」
「毎送られてくる活費が減らされた、私がどれだけシフトを増やしたからないでしょう。夜のまでレジにって、帰ってきてから音のお弁当のごしらえをして、夜に資格の勉をしたの。今ので、私は発注もシフト管理も任されてる。私の名で、医薬品を売ってるのよ」
「……だから何だよ」
夫の表が、見る見るうちに嫌なに染まっていく。 プライドを傷つけられた男特の、勝な防反応。
「所詮はチェーンの副だろ。正社員でもないのに、何を偉そうに誇らしげに語ってるんだ? おのその仕事はな、俺が単赴任でにいない、退屈だからやってた暇つぶしみたいなもんじゃないか」
暇つぶし。 その文字が、私の胸のど真んに突き刺さった。
痛いというを通り越して、すうっと血の気が引いていくのが分かった。
、娘が夜に泣きながら勉していた姿。