"「前のパパをこっそり好きじゃダメなの?」" 第9話
隣に座る宮本修さんは、仕てのいい濃紺のスーツを完璧に着こなし、隙のない笑みを浮かべていた。
そして、座に座る修さんの両親。 父親は企業の役を定退職したという威厳を漂わせ、腕を組んだままほとんどをかない。
をくのは、もっぱら母親の節子さんだった。 仕ての良い京友禅の着物を纏い、髪を綺麗に結いげたその顔には、名の女主の誇りと、隠しようのない品定めのが張り付いていた。
「美咲さん、本当によく今までで頑張ってこられましたね」
節子さんは、塗り箸を美しく休めながら、細い目をさらに細めた。 声音はどこまでも穏やかで、慈に満ちている。 けれど、その言葉の端々には、氷のようにたい棘が仕込まれていた。
「でも、これからはもう肩の狭いいをしなくていいのよ。うちの修は本当にのい子でね。初婚のでありながら、の……あらいやだ、のご主のお子さんまで丸ごと引き受けるなんてね」
美咲の肩が、びくりとねた。
「親族から随分と反対もされましたのよ。『宮本の跡取りが、わざわざ苦労を背負い込むことはない』って。でもね、修がどうしても美咲さんを守りたいって聞かないものですから。私たちも腹を括ったの」
「お義母様、本当に……ありがとうございます」
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美咲はく、くをげた。 畳に額がつきそうなほどのお辞儀。 その卑屈なまでの従順さに、節子さんは満げに元を緩めた。
「謝なんていいのよ。ただね、筋だけは通していただかないと」
節子さんのたい線が、美咲の隣でさく縮こまっている陽太へと移った。
歳のあの子は、今のために修さんが買い与えた、真しいネイビーのブレザーを着せられていた。 窮屈な襟元にさな指をかけ、度も祝い膳に箸をつけないまま、ただ畳の目を凝している。
昨夜、ゴミの袋から父親の類を拾い集め、のように泣きじゃくったあの子の顔が、私の脳裏に焼き付いてれなかった。
「陽太くん、こっちをお向きなさい」
節子さんが、鈴を転がすような声で招きをした。
陽太は恐る恐る顔をげた。 その頬はくを吹いたように青ざめ、唇の血は完全に失われていた。
節子さんは、元に置いてあった級の包みを取りげた。 引がかけられた、ずっしりとみのある桐箱。
箱の蓋がけられた。 に収められていたのは、最級の黒革で作られた、縫いのランドセルだった。 皇御用達としてられる老舗の紋章が、にっている。
そして、そのかぶせの具の横には、文字の型押しが刻まれていた。
『宮本 陽太』
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まだ役所に養子縁組届もしていないのに。 庭裁判所の許すらりていないのに。 すでに、あの子の背負うべき「しい檻」には、宮本の刻印が焼き付けられていた。
「これね、おじいさまとおばあさまからの、入学祝いのやり直しよ」
節子さんは、そのランドセルを陽太のに滑らせた。
「今使っている物のランドセルは、今で捨てなさいね。これからあなたは、宮本の男としてきていくの。学でも、所でも、恥ずかしくない格好をしていただかないとね」
陽太は、その黒い革を見つめたまま、微だにしなかった。
「さあ、陽太くん」
節子さんが、朱塗りの杯に注がれたたいお茶を、陽太のさなのにトンと置いた。
カツン、と乾いた音が、静まり返った個に響く。
「このお茶をんで、修のことを『お父さん』と呼びなさい」
臓の鼓が、の奥で激しく打ち鳴らされた。
「おじさんなんて儀な呼び方は、今でおしまい。私たちを本当の祖父母と呼び、修をお父さんと呼ぶ。それが、苦労してきたお母さんをさせる、最初のお礼よ。分かるわね?」
逃げのない、踏み絵だった。
祝いの席という名の、公処刑。 料亭の密で、歳の子どもに迫られる、過の完全な抹殺。
テーブルので、美咲のがいた。 娘は、陽太の細い太ももを、着物の袖のでに物狂いで掴んでいた。
爪が、ズボンのを貫いて皮膚にい込んでいるのが、からでも分かった。
美咲の目が、血っていた。