"「前のパパをこっそり好きじゃダメなの?」" 第8話
ネギの青い切れ端、湿ったコーヒーかす、茶殻、割れた卵の殻がドロドロに溜まった、あの汚いゴミ袋のへ。
美咲は、輔さんの名がかれた類の破片を、残らず力任せに押し込んだ。
ギューッと、ゴミの分がの破片に染み込んでいく。
「これで終わりよ!あの男の痕跡なんて、この世から消えてなくなればいいのよ!」
美咲は激しく肩で息をしながら、ゴミ袋のをく縛り、ペダル式のゴミ箱の奥くに蹴り込んだ。バタン、といプラスチックのフタが閉まる音が、台所に響き渡った。
娘はそのにへたり込み、両で顔を覆ってしゃくりあげた。私は、何も言えなかった。、借を残して突然蒸発した輔さんに対する美咲の憎しみは、本物だったからだ。裏切られた女の怨は、どれほどの正論をも焼き尽くす。
けれど、の憎しみの濁流ので。置きりにされた歳のは、体どこへ流されていくのか。
その夜、美咲は疲労困憊して、実の客でのように眠りについた。精神定剤をんだ娘の寝息は、く、かった。
夜を回った頃。
私は喉の渇きを覚え、布団をた。音をてないよう、古い廊をすりで歩き、台所へと向かう。
台所の引き戸の隙から、青いがかすかに漏れていた。子レンジのデジタル計が放つ、ぼんやりとした微。
広告
異様な気配に、私のが止まった。
カサリ。
ビニール袋が擦れう、微かな音がした。ネズミではない。もっと、規則で、必な音。
私は息を殺し、引き戸を数センチだけけた。
暗に目が慣れていくにつれ、そこに広がる景が、網膜に焼き付いた。
真夜の、え切った台所のリノリウムの。真のようにたいのに、素で正座しているがあった。
陽太だった。
あの子は、美咲が蹴にしてゴミを押し込んだ、あのゴミ箱のフタをけていた。そして、さな両を、ドロドロに汚れたゴミの袋のに、く、く突っ込んでいた。
「……っ……ぅ……」
声にならない嗚咽。をすする音すら、母親を起こさないよう、喉の奥で必に押し殺している。
陽太のさなには、茶殻まみれになったの破片が、何枚も握りしめられていた。卵の黄でぬめり、コーヒーかすで真っ黒に汚れた、あの引き裂かれた類の残骸。
あの子は、震える指先で、のにその破片を枚ずつ並べていた。
パズルのピースをわせるように。千切れた文字を、必に繋ぎわせるように。
『佐伯……輔』
その文字の破片が見えた瞬、陽太のさな肩が、激しくねた。ボロボロと、粒の涙が、汚れたのに滴り落ちていく。
「……パパ……」
掠れた、胸が引き裂かれるような呟き。
陽太は、ゴミの匂いが染み付いたその濡れたの破片を、両で掻き集めた。
広告
そして、自分のパジャマの胸元に、ぎゅっと、骨がきしむほどく押し当てた。
たいゴミの分が、あの子のパジャマを濡らし、胸の肌へと染み込んでいくのも構わずに。
「パパ……ごめんなさい……」
歳の男の子は、たいに額を擦りつけ、声をさずに泣き叫んでいた。
「ごめんなさい……ぼく、今、あのおじさんのこと……お父さんって、呼んじゃったよ……パパのこと、捨てちゃったよ……ごめんなさい……っ!」
喉の奥から、ヒック、ヒックと、引き攣った空気の音が漏れる。汚れたを抱きしめたまま、あの子のさな体は、夜の暗ので、まるで壊れた形のように激しく痙攣していた。
私は、けなかった。声をかけることすら、許されない気がした。暗の、自分の元を両でく押さえ、あふれる涙を必に堪えながら、私はただ、その獄のような景をにち尽くすことしかできなかった。
老舗料亭の個には、けの青い匂いと、微かに漂う檀のりが満ちていた。
のに掲げられた「敬清寂」の掛け軸。 磨き抜かれたの座卓のには、箔を散らした朱塗りの祝い膳が然と並んでいる。
「両顔わせ」という名目で予約されたその部は、まるで息の詰まる法廷のようだった。
娘の美咲は、慣れない淡い桜の訪問着にを包んでいた。 帯が苦しいのか、それとも極度の緊張のせいか、膝ので握りしめた扇子が刻みに震えている。