"息子の成人式で夫は言った「お前は本当の母親じゃない」" 第8話
悠斗が部へ踏み込んできた。元がふらついている。
「ねえ、なんでアルバムを箱に入れてるの? 棚の写真、どこったの?」
「片付けたのよ」
私はトランクにセーターを詰めながら、顔をげずに答えた。
「片付けたって……なんで! なんで真理子さんの荷物がまとまってるんだよ!」
悠斗が私の腕を掴もうとして、そのが空を切った。
「僕が……僕があののところへくって言ったから?泊旅にくって言ったから、ってるの?僕が本当の母親に会ったから……もう、僕のこと捨てるの!?」
あの子の目から、粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。歳になったきな体が、子供のように震えている。
私は、ゆっくりと顔をげた。
泣き叫ぶ息子。かつてなら、すぐに抱きしめて「そんなことないよ」「捨てたりしないよ」と、自分のを削ってでも宥めていただろう。
けれど、今の私の胸には、氷のような静寂しかなかった。
「私がいつ、あなたを捨てるって言った?」
私の声は、どこまでも平坦だった。
「え……?」
「私はあなたを捨ててなんかいないわ。ただ、屬於私のものを、私の元に引きげているだけ。あなたが実の母親を選び、父親が元妻を選んだ。リビングの飾り棚から私の写真をろしたのは、お父さんよ」
「それは……親父が勝に……!」
「それを、あなたは見過ごしたでしょう」
悠斗の呼吸が、喉で止まった。
広告
私はちがり、悠斗の濡れた瞳を、真っ向から見据えた。
「写真館で、カメラマンが『奥様もご緒に』って聞いたとき。あなたは俯いて、を噤んだ。リビングの棚にしい写真が飾られたとき、あなたはその横を黙って通り過ぎた。悠斗。私をこの族から追いしたのは、お父さんだけじゃない。私の居所を、私のを、最初に誰かにけ渡したのは――あなたよ」
悠斗の顔が、絶望に歪んだ。
そのとき、階でドタバタと激しい音が響き、階段を駆けがってくる音がした。
「おい! 悠斗! 真理子!」
夫の、切り声にい叫び。
ドアが乱暴に蹴破られるようにき、夫が青ざめた顔で仁王ちになった。そのには、震えるスマートフォンが握られていた。
「真理子……お、美奈子に……美奈子に何を吹き込んだんだ!?」
「美奈子から、連絡が来た」
夫のスマートフォン。 画面にるメッセージを、夫は私の目のに突きつけてきた。
『箱根の旅は、辞退させてください。 それから、真理子さんとだけでお話ししたいことがあります』
画面の文字を見た瞬、夫の青筋が額に浮きがった。
「お、美奈子に余計なこと言っただろ! あいつ、あんなに楽しみにしてたのに……悠斗ときりの旅を断ってきたんだぞ! どうしてくれるんだ!」
唾をばして喚き散らす夫。 そのろで、義母がにを当てて「まあ、恐ろしい、なんて恩らずな嫁だろう」
広告
とわざとらしく呻いている。
私は、微だにしなかった。 トランクのチャックを、静かに引き切る。
ジジジ、とい属音が部に響いた。
「私は、事実を伝えただけです」
「事実だと!?」
「『代わりに育ててくれてありがとう』と言われたから、代わりに育てたつもりはないと、そう言っただけよ。 それが気に入らなくて旅を断ったのなら、あのの問題でしょう」
「この性悪女が……!」
夫がを振りげた。 その瞬。
「やめろよ!」
悠斗が、夫の腕を力任せに掴んだ。 呼吸を荒らげ、父親のをねじ伏せるように引きろす。
「悠斗! お、親父に向かってなんだその態度は!」
「親父こそ、いい加減にしろよ!」
悠斗の目が、赤く充血していた。 私を振り返るあの子の瞳には、激しい揺と、痛々しいほどの混乱が渦巻いていた。
「……真理子さん。美奈子さんと、会うの?」
「ええ」
私はトランクの取っを握り直した。
「会うわ。あのが何を考えて姿を消し、今になって何を求めているのか。 のを通さずに、自分ので確かめてくる」
翌の午。 指定されたのは、ターミナル駅からしれた、静かなホテルのラウンジだった。
落ち着いた照。 クラシックのピアノがく流れる空。
奥の席に、あのがいた。 写真館のときと同じ、淡いベージュのコート。 けれど、巻き髪はし乱れ、伏せられた睫毛のがひどく濃かった。
「……真理子さん」
私が席に着くと、美奈子は弾かれたように顔をげ、さくを縮めた。