"愛人の妊娠と封印されたカルテ" 第3話
親族が集まる席では、義母は決まって私のにちふさがり、「この嫁が女なせいで、うちの名はここで途絶えてしまう」と涙劇を演じてみせました。親戚たちからの淡な線と嘲笑の囁きが、針の筵のように私の全を突き刺しました。
耐えかねた私は、敏夫に何度も懇願したのです。
「お願い、敏夫さん。度でいいから、で病院にきましょう。妊治療の専クリニックへって、ちゃんと検査を受けましょう」
けれど敏夫は、その提案を聞くたびに激昂しました。
「馬鹿を言うな! 男の俺に問題があるわけがないだろう! つものもっているし、健康そのものだ! 悪いのはおの腐った子宮だ! 俺に恥をかかせる気か!」
そう鳴り散らし、元にあった湯呑みを壁に投げつけました。陶器が砕け散る鋭い音と、び散った茶渋の染み。その染みは、今でも居の壁の片隅に残っています。
夫が絶対に病院にかないと言うのなら、せめて自分だけでも原因を突き止めようと、私はで総病院の産婦科と殖医療科のを叩きました。
内診、血液検査、ホルモン値の測定、卵管造検査。痛みに耐え、恥ずかしさに耐え、あらゆる検査を受けました。
数週、医師から告げられた結果は、残酷なほどあっけないものでした。
「さん、あなたのお体には何つ問題はありませんよ。
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排卵も正常ですし、卵管の通過性も極めて良好です。子宮内膜の状態も若々しく、妊娠するための能は完全に保たれています」
医師はそう言い、鏡の奥の目を真剣にらせて私を見つめました。
「妊娠は、女性ではできません。ご主にも検査を受けていただく必があります。特に現代では、妊の原因の約半数は男性側にありますから」
その言葉を胸に、私は再び敏夫にをげました。
「私は何ともなかったの。だから、お願い、あなたも検査だけでも受けてみて」
敏夫は私の言葉をで笑い、取りいませんでした。
しかし、その数ヶ。
私は偶然、見てしまったのです。
敏夫の斎を掃除していたとき、机の引きしの奥から滑り落ちた、通の封筒を。
それは、私が訪れたのとは別の学病院の泌尿器科から発された、検査結果の報告でした。
敏夫は、自分のプライドが許さず、私には内緒でで検査を受けにっていたのです。
そこに記されていた病名。
『非閉塞性無精子症』
精液に精子がまったくせず、精巣の組織検査からも造精能が完全に止しているという記述。
さらに備考欄には、幼期に罹患した度のおたふく邪による精巣炎の遺症である能性が極めてく、自然妊娠はもちろんのこと、顕微授精などの度殖医療を用いても子供を授かる能性はゼロに等しい、と残酷なまでにに断じられていました。
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あのの衝撃を、私は忘れることができません。
子供ができない原因は、私ではなかった。
私の体が壊れていたのではなく、敏夫自が、最初から子供を作ることのできない体だったのです。
けれど敏夫は、その診断をに葬りりました。
そして何わぬ顔で、私に「子供の産めない役たず」という濡れを着せ続け、義母が私を嬲り殺すように精神に追い詰めるのを、ただ黙って、あるいは加担して眺めていたのです。自分の男としてのプライドを守るためだけに、妻の尊厳をも贄に捧げ続けていた。
あの、なぜ私はそのを突きつけて敏夫を糾弾しなかったのか。
当の私は、まだ愚かでした。
敏夫をしていましたし、彼が抱える絶望や恐怖を像してしまい、妻である自分がその傷に塩を塗るようなことはできないと、歪んだ同と自己犠牲の精神に縛られていたのです。私がをかぶれば、このは丸く収まる。夫の誇りを守るのが妻の役目なのだと、自分に呪いをかけていました。
けれど、その結果がこれでした。
敏夫は、自分の体についての真実を都よく忘れったのか、あるいは「奇跡が起きた」とでも本気で信じ込んだのか、若い女の「妊娠した」という言葉にびつき、寄り添った私をゴミのように放りしたのです。