"朝四時の弁当を捨てた夫が、五分後にすがりつく理由" 第15話
でべるコンビニの弁当は……喉を通らないんだよ……」
泣き崩れ、ドアに額を擦り付ける夫の姿を、私は静かに見つめていた。
りも、復讐のも湧かなかった。 ただ、どこまでもい「虚無」と、れみだけがあった。
このは、今になってもまだ、何も分かっていないのだ。
私がをたのは、役員報酬が欲しかったからではない。 「料理顧問」という肩きで、都よく買い叩かれたくなかったからだ。
このが求めているのは、対等なパートナーとしての私ではない。 誰も敬ってくれなくなった荒涼としたので、 自分を無条件に世話し、プライドを支えてくれる「都のいい母親代わり」を取り戻したいだけなのだ。
「正彦さん」
私の静かな声に、夫が縋るように顔をげた。
「、私たちが過ごしたを、無だったとは言いません」
「美代子……!」
「拓也を育て、でさなプレハブの弁当から始めて、ここまで会社をきくした。 あの台所で過ごした々があったからこそ、今の私の技術があります」
私は呼吸置き、ドアノブを握るに力を込めた。
「でもね。 続いたからって、残りのも同じようにあなたに搾取され続けなきゃいけない理由には、ならないの」
正彦の顔から、血の気が引いていく。
「あなたの寂しさは、あなたが撒いた種よ。
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私を踏みつけ、具として扱い、謝を忘れた結果を、今あなたがで刈り取っているだけ。 私のは、もうあなたのの付属品じゃないの」
「美代子……そんなこと言うなよ……俺たちは夫婦だろうが……!」
「ええ。だからこそ、婚届にサインをしてください」
私は袋の端を、そっと押し戻した。
「ケーキもストールもいりません。 自分で稼いだおで、自分に似うものを買いますから。 ……もう度と、ここには来ないでください」
ガチャリ、と音をててドアを閉め、鍵を回した。
から、ドンドンとドアを叩く音と、けない夫の泣き叫ぶ声がしばらく聞こえていた。 けれど、その声は夜の底へと次第に溶けていき、やがて完全な静寂が戻ってきた。
私は呼吸をして、めかけた噌汁をに含んだ。 温かい汁の旨が、喉を通って胃の奥へと落ちていく。
私の歳の誕は、これまでのどの誕よりも、静かで、自由で、満ちりていた。
それから、が流れた。
れの爽やかな午。 元の商会議所のホールでは、域の業者を集めた「ヘルシー・減塩メニュー発推フォーラム」が催されていた。
私は壇の控え席で、発表用のスライドの最終チェックをしていた。
カルチャーセンターでの減塩講座が評判を呼び、私は現、複数の齢者施設や健康志向のカフェから、定期にレシピの監修を請け負う個事業主として活していた。
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名刺入れのには、【フードレシピプランナー 林美代子】とだけ刷られた、真しい名刺が収まっている。
客席を見渡すと、列に林のメンバーの姿があった。 壇にがった森田発統括部が、黒ロジスティクスでの導入実績と、量調理における減塩ノウハウの成功事例を堂々とプレゼンしている。 その横で、プロジェクターの操作をしている息子の拓也の顔つきは、の甘ったれた表から、責任ある営業マンのそれに変わっていた。
客席の端には、織さんの姿もあった。 度は実に戻った彼女だが、拓也が正彦の言いなりを脱し、対等な関係を築き直すための話しいをねた末、最になって別居婚のような形で関係を再構築し始めたと聞いている。
会社は、正彦という独裁者を現から排除したことで、ようやくつの「組織」として自し始めていた。
フォーラムが終わり、ロビーで関係者と名刺交換を済ませた。 私はへ向かおうと、保バッグを肩にかけた。
「……美代子」
背から、掠れた声がかけられた。
振り返ると、スーツの肩にしフケを落とした正彦が、所なげにっていた。 代表取締役の肩きこそ残っているものの、対な交渉権を失った夫は、社内でも名目の会のような扱いで、現の誰からも頼りにされていないと聞いている。