"朝四時の弁当を捨てた夫が、五分後にすがりつく理由" 第14話
この数字の裏に、どれだけのと夫が隠されていたか……料理として、が引き締まるいです」
「森田さん、お礼を言うのは私の方です。 私の作った庭のを、何百もの現で働くたちに届く形に翻訳してくれるのは、森田さんたちの腕なんですから」
その会議に、正彦の姿はなかった。 廊のガラス越しに、こちらを伺う夫の青ざめた顔が瞬だけ見えたが、私は度も線をわせなかった。
翌、黒ロジスティクスの千万円の契約は、正式に林にりた。 ただし、契約の調印式に席したのは森田さんと拓也であり、正彦は「代表印の押印のみ」を求められただけだったという。
季節が巡り、の旬。 私の歳の誕だった。
駅の古いワンルームマンション。 畳の部には、さなベッドと、リサイクルショップで見つけたい作業机、そして用のさなガスコンロがあるだけだ。
けれど、ここには誰の鳴り声もない。 朝に叩き起こされる恐怖も、料理のをけなされる屈辱もない。
私はさな鍋でご飯を炊き、昆布と鰹節で丁寧に引いた汁で、なめこと豆腐の噌汁を作った。 スーパーで買ってきた鱈の粕漬けを、魚焼きグリルでじっくりとばしく焼きげる。
誰のためでもない、私自のための、ささやかな誕の夕。
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運ぶごとに、体の芯から張っていた筋肉が、ゆっくりと解けていくのが分かった。
ピンポン。
静まり返った部に、インターホンの甲い子音が響いた。
計を見ると、夜のを回っている。 こんなに訪ねてくる当たりはなかった。 宅配便の予定もない。
私はドアスコープを覗き込んだ。
レンズの向こうにっていたのは、くたびれたトレンチコートを着た男だった。 髪が目ち、頬が削げ、かつての傲な面を失った正彦の姿が、魚レンズので歪んでいた。
胸の奥が、たくキュッと縮む。 居留守を使うこともできた。 けれど、いつまでも逃げていては、本当のでの決着はつかない。
ドアチェーンをかけたまま、扉をセンチだけけた。
「……何かご用ですか」
隙から漏れた私の声に、正彦がハッとして顔をげた。 その目には、充血した赤い毛細血管が痛々しく浮かびがっていた。
「美代子……あ、けてくれ。頼む、しだけでいいんだ」
には、名百貨の袋が握られていた。 隙から覗くその袋を、私は無表で見つめた。
「話があるなら、弁護士を通してくださいと言ってあるはずです」
「待ってくれ! 今は……今は、おの誕だろう」
正彦は震えるで袋を差ししてきた。
「カシミヤのストールを買ってきたんだ。お、ずっと首元が寒そうだったから……。
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それと、駅の美いケーキのショートケーキだ。緒にべようとって……」
喉の奥から、乾いた笑いがこぼれそうになった。
。 度だって、私の誕をまともに祝ったことなどなかった男だ。 「を過ぎたババアの誕なんて誰が気にするか」と吐き捨て、 夜遅くまでみ歩いて帰ってきては、酔して「飯を作れ」と私を鳴りつけていた男が。
今さら、名の袋を提げて、捨てられた犬のような顔で私のにっている。
「受け取れません。お持ち帰りください」
「美代子! 悪かった……俺が悪かったよ!」
正彦はドアの隙にを差し込み、なりふり構わず懇願の声を絞りした。 廊に響くその声は、かつての「社」の尊厳など、芥ほども残っていなかった。
「黒の案件は取れたが……社内の空気が完全に変わっちまったんだ。 森田もパートたちも、俺の言うことなんか誰も聞かない。 拓也のやつまで、俺に業務連絡しか寄こさないんだ! 織ちゃんも戻ってこないし、息子夫婦のまでギクシャクして……全部、俺のせいなんだろ!? 反省してる! 俺が違っていた!」
正彦の目から、粒の涙がボロボロとこぼれ落ち、暗い廊のに染みを作っていった。
「に戻ってきてくれ……頼むよ。 会社には、おのための『専任料理顧問』のポストを用した。
役員報酬も毎万す。 もう度とおにタダで飯を作らせたりしない! だから……あの広いに帰ってきてくれ。