"朝四時の弁当を捨てた夫が、五分後にすがりつく理由" 第11話
正彦の息が詰まる音がした。
「そ、そんなことは……! すべてが社のオリジナルで――」
「嘘をおっしゃらないでください」
そのだった。 録音データに、く、太い声が割り込んできた。 同席していた料理の森田さんだった。
「森田! 貴様、何を勝なを――!」
「社、もうやめましょう」
森田さんは、正彦の声を真正面から受け止め、静かに藤原さんに向き直った。
「藤原様。嘘をついて申し訳ありませんでした。 この塩麹鶏の付け、肉の浸漬、めても固まらない保技術のベースは、弊社の発チームが作ったものではありません。 ……社の奥様である、林美代子さんが、の歳をかけて個に研究・発されたものです」
「森田ぁっ!!」
正彦の号が響き渡り、机を激しく叩く音がマイクを震わせた。
けれど、藤原さんは眉つかさなかった。 ただ、怜悧な瞳で、元の企画を見つめていた。
「……やはりそうでしたか。 先週、いただいた社内通達の写しを拝見していました。 総務の林織さんから、コンプライアンスのな懸として、部考案者の権利侵害リスクに関する報告が、が社の法務部にも届いておりましたので」
「な……織、お……!?」
正彦の狼狽した声が裏返る。
「林社。が社が求めているのは、くて美い弁当だけではありません。 請けや内から財産を搾取し、権利関係の理すらできていない杜撰な企業に、数百の従業員の胃袋を預けるわけにはいかないのです。
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この案件、持ち帰らせていただきます。 の最終審査までに、権利処理が完したという正式な証がせなければ……林様を、選定リストから完全に除します」
カツン、とヒールの音が響き、ドアが閉まった。
会議に残されたのは、荒い息を吐く正彦の、獣のような唸り声だけだった。
そのの夕方。
がの玄関ドアが、吹きばされそうな勢いでいた。
「美代子ォッ!!」
廊を駆け込んできた正彦の顔は、りと屈辱で赤黒く染まっていた。 元もおぼつかず、脱ぎ捨てた革靴が壁に激突する。
リビングに入り込むなり、正彦はに持っていた茶封筒を、テーブルのに叩きつけた。
バサッ、とい音をてて、封筒のから札束が覗いた。 万円札の束。 帯封の巻かれた、万円の現だった。
「これで満か! ああん!?」
正彦は唾を撒き散らしながら、私の顔のに拳を突きした。
「万だ! 主婦の料理のアイデア料としては、破格の額だろうが! このを受け取って、今すぐ『レシピの権利をすべて会社に譲渡する』という札をけ! そして、あの料理教のパートも今すぐ辞めろ! 社の妻が、所のババア共にげて遣い稼ぎなんかしてんじゃねえ!」
万円の札束。
、私がこのに捧げてきた。 朝のたい。 ひび割れた指先。
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ノート冊にびっしりとき殴った、何百、何千回もの失敗と試錯誤。
この男は、それらすべてを「万円」で買い叩き、ゴミのように元へ放りせると本気で信じているのだ。
私はテーブルのの札束を瞥し、ゆっくりと両を膝のでねた。
「受け取れません」
「……何だと?」
正彦の顔から、瞬、が失われた。
「りねえってのか!? 万だぞ! 主婦がかかっても自由にできないだろうが! 調子に乗るのもいい加減にしろ! おなんかな、俺の会社という板がなきゃ、ただの料理好きのオバサンなんだよ!」
「正彦さん」
私はちがった。 鳴り返す気力すら湧かなかった。 ただ、目のにつこのれな男の輪郭が、驚くほどさく、惨めに見えていた。
「この万円は、私の過のに対する対価? それとも、これからもあなたにタダで仕え続けるための、止め料かしら?」
「ぐっ……」
「答えてよ。 もしこのを受け取ったら、私はからまた、あなたのいつきで朝に起こされ、 試作を作らされ、失敗すれば鳴られ、成功すれば『俺の才能だ』と横取りされる々に戻るのよね? で『社』の顔を保つために、私の尊厳を、万円で差しせと言うの?」
「夫婦だろうが! 誰のおかげでこのにめてるとってんだ!」
「違うわ」
私はテーブルを回り込み、正彦の目の、わずか数センチの距まで歩み寄った。