"台所へ追いやられた娘婿が、大晦日に義母を連れ去った夜" 第17話
鍋が空になり、計の針がを回った頃。
健司さんが、すっとちがった。 袖をまくり、流し台へ向かう。
「健司さん、座ってて」 私がちがろうとすると、健司さんはきなで私を優しく押し留めた。
「母さん、座っててください。今はお客さんなんですから」
「そんなことないわよ、私のなんだから」
「いいんです」
健司さんは洗剤をスポンジにつけ、泡てながら、当たりのような顔で言った。
「で飯をったは、誰だって皿を洗いますよ」
その背を見て、真紀がちがった。 棚から清潔な布巾を取りし、無言で健司さんの隣につ。 健司さんが洗い流した皿を、真紀が受け取り、気を丁寧に拭き取っていく。
のに、言葉はなかった。 ただ、たいと皿の触れう音だけが、静かな台所によく響いていた。
。 晦の夜、勝の隙ので、えた煮物の鉢を持ったままち尽くしていた男。 その男が今、自分の志で、自分の尊厳を取り戻したで、族の皿を洗っている。
喉の奥が、くなった。 けれど、涙はなかった。 ただ、満ちりた静けさが、胸の底にじんわりと広がっていくだけだった。
翌朝。 元旦のが、障子をく染めていた。
午。 ゆっくりと布団をげ、顔を洗う。 真紀と理恵は昨夜のうちにそれぞれの部へ戻り、健司さんも初荷の点検のために朝にてった。
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静かな、きりの朝。 台所で湯を沸かし、お雑煮の椀をえていると、座卓ののスマートフォンがさく震えた。
画面に表示された文字は、 『正雄』。
私はを拭き、ゆっくりと通話ボタンを押した。
「……あけましておめでとうございます」
受話器の向こうから、かすかに息を呑む気配がした。 それから、途切れ途切れの、しわがれた声が聞こえてきた。
『……ああ。あけましておめでとう、』
背景から、テレビの正番組の音が、さく、寂しそうに漏れていた。 おそらく、あの広すぎる居で、コンビニの蕎麦の殻を片付けながら話をかけているのだろう。
『体調は……どうだ』
「ええ、おかげさまで。お雑煮をいただいたところです」
『そうか……。あのな、』
夫の声が、迷うように揺れた。 かつての威圧は欠片もなく、どこか恐る恐る、相の嫌を伺うような響き。
『今な……気がいいんだ。もし、おの体調が良ければでいいんだが……浅神社まで、初詣にかんか。タクシーを呼ぶから。おのにも、負担はかけさせん』
窓のを見た。 ひとつない、の青空が広がっていた。 駿湾の波が、朝のを浴びてキラキラと輝いている。
座卓の脇には、冊の真しい帳が置かれていた。 表をめくると、私のペンでき込まれた予定が並んでいる。 は、焼津の仲買の奥さんたちとのお茶の約束。
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週末は、理恵に頼まれたしい仕入れルートの相談。 来週は、健司さんと真紀が、古い軽バンのオイル交換を伝いに来てくれることになっている。
私の。 私の。 誰にも奪わせない、私だけの真っな暦。
私は受話器をに当てたまま、静かに、けれどはっきりと答えた。
「私の予定を見てから決めます」
話の向こうで、夫が息を詰まらせた。 以なら「夫に向かって何様のつもりだ」と鳴り散らしていたはずの男が、い沈黙の、さく、掠れた声で言った。
『……そうか。分かった。待ってるよ』
「それでは、お体を切に」
私は通話を切った。 画面が暗くなり、静寂が戻る。
胸の奥には、さざ波ひとつっていなかった。 りも、憐憫も、未練もない。 ただ、澄み渡るの空と同じの、静かな自由があるだけだった。
私はお気に入りのウールのコートを羽織り、帳と鍵をバッグに入れた。 玄関のドアをける。
ひんやりとしたしいのが、私の頬を撫でて通り過ぎていった。 歳の、私のが、今ここから始まろうとしていた。