みかん小説
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"「お父さんの同僚ですか?」と、夫の娘は微笑んだ" 第1話

「今はちゃんと私たちのに帰ってきてね」

その若い女性の声がホテルの宴会に響き渡った瞬、それまでグラスを傾け、笑いっていた同僚や輩たちのざわめきが、潮が引くように瞬で消えった。

の節目を祝う拍の余韻は、ややかな沈黙へと姿を変えていた。 壇につ夫、修の両腕には、私が渡したばかりの輪の百と、今その女性が差ししたとりどりのガーベラの束が抱えられている。つの束を抱えたまま、夫の顔からは血の気が完全に引いていた。額には、脂汗がびっしりと浮きている。

女性は代半だろうか。仕ての良い柔らかなニットを着て、父親のれ台をから祝福しに来た娘特の、誇らしげで無邪気な笑みを浮かべていた。そして、夫の隣につ私を、何の警戒もなく見つめている。 「あ、父から聞いてます。会社でずっとお世話になった方ですよね?」

彼女の目には、悪など片もなかった。 私は、この男の妻として暮らしてきた。子供に恵まれなかった私たちは、世から見れば、互いをいやりながら静かに歳をねてきた夫婦に見えていたはずだ。方への期張がく、の半分くをで過ごさない活が何も続いていたが、私はそれを、商社の営業管理職として族を支えるための激務だと信じ切っていた。

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定を迎えたら、ようやくで穏やかなを過ごせる。そう自分に言い聞かせてきた私のが、今、目のの若い女性の屈託のない笑顔によって、元から砕け散ろうとしていた。

私は騒ぎてることも、束を取り落とすこともしなかった。ただ、隣で直している夫の横顔を、静かに見据えた。 「修さん」 私の乾いた声に、夫の肩がびくりとねがった。 「このお嬢さんは、どなた?」

「美紀、これは……」 修の喉から、掠れた空気のような音が漏れた。彼は両で抱えた束を慌てて胸元に引き寄せ、周囲の同僚たちの線を遮るようにを縮めた。 「の……そう、昔の取引先のの娘さんだ。たまたまくにいたから、挨拶に寄ってくれただけで……」

「え? ?」 女性が怪訝そうに眉をひそめた。夫の取り繕うような言い訳に、最初に疑問を抱いたのは彼女の方だった。 「パパ、何言ってるの? 私だよ、奈緒だよ? ママと相談して、今定だって聞いてたから、内緒でお祝いに来たのに。どうしてなんて言うの?」

「奈緒、おはし黙ってなさい!」 修がこれまでに聞いたこともないような甲い声で制止した。しかし、度こぼれ落ちた言葉は、もう誰にも拾い集めることはできない。

奈緒と呼ばれた彼女は、父親の異様な剣幕にショックを受けたようだったが、すぐに自分のバッグからスマートフォンを取りした。

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「私、変なじゃないです。本当にパパの娘なんです。ほら……」

差しされた画面を、私は覗き込んだ。 そこに映っていたのは、し幼い奈緒さんの肩を抱き、満面の笑みを浮かべる修の姿だった。背には学のと、桜の。 画面が指先でスクロールされる。の着物姿の女の子と並んで神社の境内につ修。遊園でソフトクリームを掲げて笑いう。の卒業式で、スーツを着て誇らしげに胸を張る修。 それらはすべて、夫が「泊まりがけの全国営業会議」や「方のち会い」と称して、京の自宅を留守にしていた期の付と、驚くほど正確に致していた。

写真のにいる夫は、私ので見せる疲弊した表など微も見せず、ごく自然に、誰が見ても疑いようのない「父親の顔」をしていた。

「修さん」 私はもう度、夫の名を呼んだ。声の温度は、自分でも驚くほどえ切っていた。 「答えなさい。この子は、あなたの娘なの?」

壇のでは、夫の直属の部や役員たちが、息を呑んで成りきを見守っていた。好奇と困惑、そして侮蔑が入り混じった無数の線が、針のように夫の全に突き刺さっている。 逃げはなかった。 修は震える唇を噛み締め、抱えていたつの束を、壇の演台へ崩れるように放りした。カサリと、乾いたラッピングの音が静寂のに響いた。

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