"午前二時、ホテルから部屋を替われと言われた" 第20話
すべてが、私の界のに戻ってきた。
私は鏡を掛けたまま、机の引きしをけ、空になった黒い鏡ケースをその番奥に押し込んだ。捨てることはしなかった。捨ててしまえば、あの恐怖がなかったことになってしまうような気がしたからだ。
私は引きしを閉め、カチリと鍵を掛けた。
恐怖を忘れる必はない。
ただ、その恐怖に自分のを決めさせないこと。それだけが、私の選んだ答えだった。
それから、ヶが経った。
の旬、私は再び阪駅のホームにりっていた。
関支社との共同プロジェクトである、輸入材のコンテナ配送網の再編計画。担当者である私が現へかなければ、現の物流網はかない。会社は別の担当者をてることを提案してくれたが、私はそれを断った。
度逃げせば、度と張にけなくなる。自分の仕事を放すことは、自分のの主導権をあの男にけ渡すことと同じだった。
今回宿泊先に選んだのは、淀にあるセキュリティを最した系列のホテルだった。
宿泊客以のフロアへのち入りは完全に遮断されており、エレベーターは部番号に対応したキーカードをタッチしなければ目階に止まらない。宿泊台帳への記載も、警察とホテル側ののもと、厳な秘匿措置が取られていた。
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夜の過ぎ。
現のスタッフとの打ちわせを終え、コンビニで買った温かい緑茶をにして部に戻った。
部に入り、ドアを閉める。
カチャリと自施錠の音が響く。
私は靴を脱ぐに、まずドアの鍵を確認した。本締まりのサムターンを回し、属製のいドアガードをしっかりと枠の溝に滑り込ませる。
内着に着替え、いシャワーを浴びて、ベッドに入った。
枕元のサイドテーブルには、スマートフォンと、裸のまま置いた鏡がある。
テレビを消すと、淀のオフィス特の、い静寂が部を満たした。
くで、御堂筋をるパトカーのサイレンが微かに聞こえ、やがて夜ののへ消えていった。
体は疲れていたが、神経のどこかが張り詰めていた。
計の文字盤を見る。
午。
喉が渇いて、ペットボトルの緑茶をんだ。
午分。
分。
そして――午分。
ジリリリリリリリッ!
静寂を切り裂いて、枕元の話がけたたましく鳴り響いた。
全の血が瞬で沸騰し、の辺からの指先まで、烈な流が駆け抜けた。
息が止まった。
体が直してかない。毛布を握りしめたが、引きつるように固まる。
またか。
あの男なのか。
保釈されたのか。それとも、別の誰かが――。
ベルは止まらない。度、度、狭いシングルルームの空を暴力な音量で殴打してくる。
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臓が破裂しそうなほど激しく打ち鳴らされる、私は奥歯を噛み締め、震える腕を伸ばした。
受話器を掴み、に押し当てる。
「……はい」
声が掠れていた。
受話器の向こうから、聞き覚えのある、ひどく恐縮した男の声が聞こえてきた。
『あ、夜分遅くに本当に申し訳ありません! 宮本さん、ロジの関支社の佐々です』
私は目を見いた。
『こんなに本当にすみません! の朝番で予定していた港のコンテナヤードの察なんですが、台から変わった気圧のせいで阪港に潮警報がまして……ゲートのがのまで延期になってしまったんです。朝番で現に向かわれては変だといまして、会社の携帯にかけたんですが繋がらなかったので、ホテルのフロント経由で緊急内線を回してもらいました』
話の向こうで、関支社の佐々が底すまなそうにで捲してていた。
「……佐々、さん」
『本当にすみません、お休みでしたよね。の集はに支社ロビーに変更ということで、ゆっくりお休みください。本当に申し訳ありませんでした!』
通話が切れた。
受話器をに当てたまま、私はしばらく呆然と井を見げていた。
それから、受話器をフックに戻した。
カチリとさなプラスチックの音がした。
スマートフォンの画面を見ると、内モードがオンになったままだった。
幹線のでバッテリーを節約するために設定し、解除するのを忘れていたのだ。
「……なんだ」
さな乾いた笑いが、唇から漏れた。
全から気に力が抜け、ベッドのシーツのに仰向けに倒れ込んだ。
たい汗が背をびっしりと濡らしていた。臓はまだ鐘を打っている。
だが、恐怖ではなかった。
ただの、常の業務連絡だった。
際で、が悪く、夜にかかってきた、どこにでもある仕事のトラブル。
私はベッドから起きがり、裸のままたいフローリングを踏んで、部の入りへと歩いた。
ドアのにつ。
属製のドアスコープからを覗く。
魚レンズの向こうには、誰もいない、静まり返ったるい廊がまっすぐに伸びていた。
怪しい男も、怯えた女性も、そこにはいなかった。
私はを伸ばし、もう度、ドアガードがしっかりと嵌まっていることを指先で確かめた。
カチャ、とさな属音が鳴り、確実な応えが指に返ってくる。
部の主照のスイッチを切った。
暗が部を満たしたが、それはもう、昨夜のような底れない罠ではなかった。
私が私の志で選んだ、私だけの夜だった。
ベッドに戻り、シーツを引きげる。
枕元の鏡に指先で触れ、その形を確かめてから、私はゆっくりと目を閉じた。