"深夜1時、母は開けるなと言った" 第1話
初の法がけても、実の空気には微かに線の匂いが沈殿していた。
父が全で急逝してから、私は都内の賃貸マンションをに引き払い、休暇とリモートワークを組みわせて千葉県松戸にあるこのに戻っていた。築を超える造階建てのは、昼でもどこか暗く、父の遺が置かれた仏からは、えた畳の湿った匂いが漂っている。
母の子は、今で歳になる。 父がきていた頃から自己主張の乏しい、柄で几帳面な女性だった。夫の声を恐れるように背を丸めて事をこなし、所付きいでも波をてないことだけを信条にしてきてきただ。父がんで残された母を放っておくわけにはいかないというのが、私がここへ戻ってきた建だった。
異変が起きたのは、父が荼毘に付されてからちょうど目の夜だった。
付が変わって、午を数分過ぎた頃だったとう。 階の私の部で、ノートパソコンの画面を見つめながらの業務メールのきをしていただった。
ピンポーン、と。
子音が、凍りついた静寂を鋭く切り裂いた。
を疑った。こんな真夜に来客などあるはずがない。聞配達にはまだすぎるし、周囲は静かな宅だ。酔っ払いのいたずらか、あるいは隣の誰かが急病にでも倒れて助けを求めてきたのだろうか。
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私は子からちがり、靴を履いたで静かに部をた。 階段を段ほどりたところで、階の廊のが微かに揺れた。
「……千」
から、絞りすような声がした。 見ろすと、階の廊に母がっていた。い寝巻きのに古びたカーディガンを羽織り、壁に背を擦りつけるようにしてち尽くしている。その顔には血の気がまったくなく、剥製のように見かれた目が、階段のの私を捉えていた。
「母さん? チャイム、鳴ったよね。誰か——」
私がりていこうとした瞬、母は老いた体とはえない速さで階段を駆けがり、私の首を掴んだ。 その指先は氷のようにたく、骨がきしむほどの力だった。
「けちゃダメ」
母の唇が細かく震えていた。
「誰が来ても、絶対にけないで。返事もしちゃダメ」 「え……? でも、誰か倒れてるとか、事故じゃ……」 「いいから! 頼むから、静かにして!」
母の異様な剣幕に息を呑んだ。きてきて、母が私に対してこれほど切迫した、気配りの混じった声をげたのを見たことがなかった。
その、玄関の向こう側から、コン、コン、といものでドアの鋼板を叩く音が響いた。
決して乱暴な叩き方ではなかった。まるで約束のをらせるかのような、規則正しく、落ち着いたノックだった。
そして、女の声がした。 ドアスコープの隙か、郵便受けの投函から入り込んでくるような、く澄んだ声だった。
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「子さん。いるんでしょう」
私の腕を掴む母の指が、痙攣するようにくい込んだ。痛みに顔をしかめそうになったが、母の尋常ではない怯え方がそれを遮った。
「ってるのよ。あのがんだこと」
女は言った。の起伏がほとんどじられない、平坦な調だった。
「待ってたの。あのが息を引き取るのを、ずっと待ってたのよ。だから来たの。子さん、そこにいるならてきてちょうだい」
私は母のを振りほどき、声で問い詰めた。 「母さん、誰なの、あの。りい?」
母は首を激しく横に振るだけで、声をそうとしない。奥歯がカチカチと鳴りっている。 私は耐えかねて、階段の踊りから玄関のに向かって声を張りげた。
「どなたですか! こんな夜に警察を呼びますよ!」
の気配が瞬、途切れた。 しかし、慌てて逃げす音は聞こえなかった。数秒の沈黙の、女はあざ笑うでもなく、ただ確認するように言った。
「……娘さんね。千さん」
なぜ私の名をっているのか。背筋にたいが流れた。
「千さん、お母さんが隣にいるでしょう。そこにいるお母さんに、聞いてごらんなさいよ」
女の声は、夜の気に乗って奇妙なほど瞭に届いた。
「先週の曜、あのの通夜のには、私をちゃんとのにげてくれたじゃない。