"三十周年に施設へ捨てられた妻と予約主の息子" 第14話
そしてしれたソファの端に、さくなってを縮めている織さん。
卓のには、枚のが置かれていた。 役所の婚届ではない。夫がパソコンで打ちしたとおぼしき、『』というタイトルの私製文だった。
「遅いぞ、真紀」
夫が威圧するように、ドスの利いた声をした。 だが、その額には微かに汗が滲んでいる。 いつもの傲な声の裏に、隠しきれない苛ちが張り付いていた。
「これに署名と捺印をしろ。それで全部終わりだ」
私は夫の正面の子を静かに引き、腰をろした。 机のの『』に目を落とす。
『乙(佐伯真紀)は、甲(佐伯隆志)との協議婚にし、本物件より速やかに退する。 甲は乙に対し、解決として百万円を支払うものとし、乙は本件産およびその切の財産分与請求権を放棄する』
わず、乾いた笑いが喉の奥から零れそうになった。
百万円。 、朝から晩まで働き、族のためにをにしてきた私のの対価が、たったの百万円。
「ふざけているの?」
私の声に、夫の眉がねがった。
「何がふざけてるだ! 百万もありゃ、おみたいなパート女がでアパート借りて暮らすには分すぎる額だろ! これ以何を望むんだ! を過ぎたババアが、族に迷惑をかけずにを引くための、温の切れだぞ!」
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「母さん、もういい加減にしてくれよ」
横から、亮太が縋り付くような、けれど苛ちに満ちた声で割り込んできた。
「親父もここまで歩み寄ってくれたんだ。の学のこと、美咲の実のこと、俺たちの活がかかってるんだよ! 母さんがを張ってサインしないせいで、俺の庭までめちゃくちゃになりそうなんだ! 息子の顔をてて、ここで折れてくれよ!」
の勝な言葉が、リビングの空気を濁らせていく。 かつての私なら、このの空気に耐えかねて、息子の懇願するような目に負けて、震えるでペンを取っていたかもしれない。
けれど今の私は、目ので喚き散らす男たちを見ても、何の痛みもじなかった。 ただ、どこまでも醜く、滑稽にしか見えなかった。
私は織さんに線を向けた。 織さんは青い顔をして、膝ので握りしめたバッグを見つめたまま、微だにしない。
「織さん」
私の呼びかけに、織さんがびくりと肩を震わせた。
「おい、真紀! 織を巻き込むな!」 夫がテーブルを拳で叩いて鳴り散らす。
「巻き込むな?」
私はバッグのジッパーをけ、から用してきた類の束を取りした。 テーブルの央、『』の真に、バサリと叩きつけるように置く。
番には、卓で計算された確な数字が並んでいた。
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「亮太。織さん。……あなたたち、自分たちがこれからに入れるはずだったおの本当の額、っているの?」
亮太が怪訝そうに眉をひそめた。 「……何だよ、それ」
「このの現の売却査定額は、約千百万円。宅ローンの残債が約百万円。仲介数料と諸経費を引けば、元に残る現は、最でも千百万円よ」
私は夫を見据えた。 夫の目が激しく泳ぎ、唾をみ込む音が聞こえた。
「そしてね、亮太。民法第百条に基づき、婚姻期に築いた財産は名義に関わらず夫婦の共財産よ。私には分の――千百万を受け取る法な権利があるの。すでに弁護士を通じて、正式に財産分与を請求しているわ」
「千百万……?」 亮太が呆然と呟いた。
「そうよ。つまり、このを売って、お父さんが自由にできるおは、千百万しかないの」
私は息を吸い込み、リビングに響き渡る声で告げた。
「それなのに、お父さんはね。織さんに対して、目黒の築マンションのとして、千百万をすといているのよ」
リビングが、を打ったように静まり返った。
亮太が、ゆっくりと首を巡らせ、父親の顔を見た。 「……は? 目黒のマンション……? 千百万……?」
「亮太、違う! それは適当なシミュレーションの話で――」 夫が顔を真っ赤にして弁解しようとした瞬、私は遮った。
「そして織さん」
私はソファの端の女をまっすぐに見つめた。
「夫はね、亮太に対して、息子の築戸建てのとして、千百万をすと約束していたのよ」