"流産を嗤う義母と四十年前の手紙" 第7話
職からで分以内なら、広さは問いません」
提示されたのは、築の造アパート。 駅から徒歩分、畳のワンルーム、呂トイレ別、賃万千円。 贅沢な設備は何もない。 けれど、そこには義母の監も、夫の勝な嘘もしない。
私はそので付を払い、入居審査の類に自分の名とパート先の所をき込んだ。 誰の許もいらない。 自分の稼いだで、自分のを確保する。 ペンを握る指先が、微かに震えていた。 恐怖ではない。 ぶりに自分ので面を踏みしめたという、々しい実だった。
翌、パート先の配センターの休憩。 私は責任者である代の女性チーフにをげた。
「チーフ。来から、シフトを週のフルタイムに増やしていただけないでしょうか。朝の仕込みも、夕方の配送補助も、何でもやります」
チーフは驚いたように目を丸くし、それから私のやつれた顔をじっと見つめた。
「由美さん、庭のほうは丈夫なの? ご主が男さんで、々変だって言ってたじゃない」
「いうちに、暮らしになりますので」
私がはっきりとそう告げると、チーフはく詮索することなく、私の肩をぽんと叩いてくれた。
「分かったわ。厨のがりなくて困ってたのよ。社会保険もすぐに続きするから、しっかり稼ぎなさい」
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「……ありがとうございます」
喉の奥がくなった。 庭という密のでは「子供も産めない役たず」と罵倒されていた私が、の世界では必とされている。 求められている。 その事実だけで、背筋がすっと伸びるような気がした。
アパートの契約が完するまでの、私は何わぬ顔で田の事をこなした。
朝を作り、洗濯物を干し、夕飯の支度をする。 義母は古希祝いののの件で苛っているのか、私への当たりはにに険しさを増していた。
「由美さん、この煮物、醤油がすぎるわよ。私の血圧をげる気?」 「部の隅に埃が残ってるわ。本当にトロいんだから」
以の私なら、台所の隅で唇を噛み締め、声をさずに涙を流していただろう。 けれど、今の私には何のも湧かなかった。 ただ械のように「申し訳ありません」とをげ、線をわせることすらしなかった。
鳴り散らす義母の姿が、ただひたすらに滑稽で、れに見えた。 、自分を踏みにじった姑と同じ言葉を吐き散らし、目ののを傷つけることでしか自分のを肯定できない、れな老女。
そして夫は、相変わらずリビングのソファに寝転がり、テレビを見ながら言っていた。
「母さんも悪気がないんだからさ。由美、適当に聞き流しとけよ」
(ええ、聞き流すわよ)
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のでたく呟く。 (もう度と、あなたの言葉を真に受けることはないから)
引っ越しの準備は、夫と義母が寝静まった夜に、息を潜めてめた。
持っていくものは驚くほどなかった。 私が結婚に着ていたと、パートで使う仕事着。 着類。 自分の個名義の通帳と印鑑、帳。 それだけだった。
夫が結婚記に買ってくれた物のネックレスも、義母から「おがり」として押し付けられた趣の悪い着物も、すべてクローゼットの奥に残した。 田で過ごしたの痕跡など、何つ持っていく価値はなかった。
きな段ボール箱つ。 あらかじめ配しておいた単パックの配送業者に、夫が勤し、義母がデイサービスの見学にかけた平の午を狙って運びさせた。
残されたのは、がらんとした私の荷物置きだけ。
そして、決のの夜が来た。
夫は会社の歓送迎会で午様になると連絡があった。 義母は午には寝に入り、鼾をかいて眠っていた。
私はリビングのダイニングテーブルのに、つのものを並べた。
つ目は、義母の膝の術に関するすべての資料。 病院の診察券、入院案内のパンフレット、額療養費制度の申請用、担当医の名刺。 そして、域包括支援センターの相談窓の話番号と担当ケアマネジャーの名を控えたメモ。
私は義母を野垂れにさせたいわけではない。