"介護を奪われた私へ「お母さん、やっと会えた」" 第6話
処分するなり使うなり、お好きにどうぞ」
私はコートを着て、バッグを肩にかけました。
夫は満そうにの端を歪めました。 「物分かりが良くて助かるよ。じゃあ、これにサインしろ」 テーブルのの婚届を指差します。
私は婚届を瞥し、静かに首を横に振りました。
「これは、弁護士を通して続きをめます。財産分与と、あなたの貞為に対する慰謝料の請求と緒に、郵送させていただきます」
「はあ!? ふざけんな! 今ここでサインしろって言ってんだろ!」
夫が声を荒らげ、私の腕を掴もうとを伸ばしました。 私はそのを、たい線で払いのけました。
「触らないでください」
私の声のさに、夫のが空で止まりました。
「私は今、自発にこのをていきます。ですが、婚姻関係の解消と財産の清算は、すべて法なでいます。お義父さんの遺産についても、同じです」
「遺産だと? 俺が唯の男だぞ! おに関係あるわけないだろ!」
「そうでしょうか」
私は玄関へ向かいながら、振り返らずに言いました。
「お義父さんには、もう、子供がいたはずですよ」
夫が息を呑む気配がしました。
「静岡に嫁いだ、妹の恵子さんです。彼女のもなしに、あなたでこのを売れるとでもっているんですか?」
「なっ……! お、なんでを売ることを……!」
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夫の狼狽した声が背に届きましたが、私はもう答えませんでした。
玄関の引き戸をけると、初の夜が頬を撫でました。 たくて、澄んだ、自由な空気でした。
「おい! 待てよ由美!」
背から夫の鳴り声と、美の「浩司さん、どういうことなの!?」という切り声が聞こえてきましたが、私は度も振り返りませんでした。
タクシーを拾い、あらかじめ配しておいたウィークリーマンションの所を告げました。
窓を流れるのかりを見つめながら、私はスマートフォンの画面をきました。 そこには、さっき奈津子さんから届いたメッセージが表示されていました。
『由美さん、今は本当にありがとうございました。葵が「由美ママに恥ずかしくないになる」と言って、泣きながら机に向かっています。落ち着いたら、ぜひ私たちのにも遊びに来てください』
画面を見つめる私の目から、筋の涙がこぼれ落ちました。 それは悔しさの涙ではなく、張り詰めていたの結び目が、ほどけていく涙でした。
夫は今頃、千万円のがに入ると信じて、美と乾杯していることでしょう。 しかし、夫は根本なことを見落としています。
義父が遺したこのは、決して夫のものにはならない。 そして私が積みねてきた々の記録が、どれほどいを持つのかを、あの男はまだ何つらないのです。
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ウィークリーマンションの畳に差し込む朝は、信じられないほど静かでした。
目覚まし計の音はありません。 おきにアラームを鳴らし、義父の体を抱えてからへと体位変換をする必もありません。 痰の吸引の鈍いモーター音も、ポータブルトイレの消臭剤と消毒液の入り混じったツンとする匂いも、ここにはありませんでした。
で初めて、私は自分の呼吸の音だけを聞きながら目を覚ましました。
パイプベッドから起きがり、備え付けのさな気ケトルでお湯を沸かしました。 スーパーで買ってきたティーバッグの緑茶をマグカップに注ぎ、すすります。 舌のに広がるわずかな渋みが、私が今、誰の嫌も伺わなくていい所にいるのだという事実を、じわりと実させてくれました。
テーブルのには、昨実から持ちしてきた冊の『介護誌』が然と積まれていました。 その番に置かれたスマートフォンの画面が、微かな振とともに点灯しました。
表示された名を見て、私は息を止めました。 『佐藤恵子』。 静岡の浜松に嫁いだ、夫の歳の妹でした。
私はしだけ喉をえ、通話ボタンをスライドさせました。
「もしもし、恵子さん」
『……由美さん? よかった、繋がった……!』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、切迫した、ひどく取り乱した声でした。