"介護を奪われた私へ「お母さん、やっと会えた」" 第5話
ガチャン、と玄関のドアが閉まり、のに再びい静寂が戻ってきました。
私はく息を吐きし、の仏壇へと向かいました。 線の煙が、夕暮れののでまっすぐにちっています。 義父の遺は、いつもと変わらない穏やかな笑顔で私を見つめていました。
「お義父さん……しの、留守にしますね」
私は遺に向かってさく呟きました。
それから私は、階にある夫の斎へと向かいました。 私が自分の荷物をまとめるに、どうしても確かめておかなければならないことがあったからです。
夫は昔から片付けが苦で、な類も脱ぎ捨てた着のや本棚の隙に放りす癖がありました。 斎のデスクのは、読みかけのゴルフ雑誌や請求が散乱していました。
ゴミ箱の横、無造作に置かれたビジネスバッグの脇に、見覚えのない茶の角封筒が落ちていました。 元の産仲介会社のロゴが印刷されています。
私はその封筒をに取り、を引きしました。
枚目にてきた類の表題を見た瞬、私の背筋にたいものがりました。
『産価格査定報告』
物件の所には、まさに今、私がっているこのの所が記されていました。
築の造――評価額:〇円(解体更渡しを推奨)。 そして、そのに太字で印字された数字。
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『概算査定額:千百万円』
類をめくると、カラー印刷された豪華な築タワーマンションのパンフレットのコピーが挟まっていました。 駅の再発エリアに建つ、億ションの層階フロア。 販売価格、千百万円。 余には、夫の見慣れた乱暴な跡で、殴りきのような計算メモが残されていました。
『親父の売却:4,000万取り』 『:3,000万投入』 『残債ローン:3,500万(定延+退職で完済)』 『6に更化、引き渡し必須』
私の喉の奥から、乾いた笑いが漏れそうになりました。
美はリビングで、「このをリフォームしてむ」と言っていました。 夫も「おと蓮のためのだ」と頷いていました。
嘘だったのです。 夫は最初から、このを残す気など毛ありませんでした。
義父が若い頃に汗流して建て、定も毎庭の入れを欠かさなかったこの。 縁側から見える松のをし、柱についた子供の頃の夫の背比べの傷跡を懐かしそうに撫でていた義父のいのすべてを、夫はあっさりとで叩き壊し、更にして千万円のに換えるつもりだったのです。
美にすら本当の計画を伝えず、甘い言葉で繋ぎ止め、義父のを待ち侘びてを売り払う。 それが、夫の描いていた「輝かしいしい」の正体でした。
だから仏壇も、義父の遺品も、「邪魔だから捨てろ」
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と言い放ったのです。
「……浅ましい」
私は査定を丁寧にスマートフォンで撮し、元の封筒に戻してデスクのに置きました。 りはありませんでした。 ただ、という歳をこの男と過ごしてしまったことに対する、い虚しさと、そして奇妙なほどの徹な覚悟が胸を満たしていきました。
私は階にり、押し入れからダンボール箱をつしました。
荷造りは、驚くほどで終わりました。 持っていくのは、私のわずかな普段着と、仕事具である裁縫箱。 、葵がくれた母ののカード。 義父が毎のように使っていた、し縁の欠けたお気に入りの湯呑み。 そして、この、毎晩欠かさず記録し続けた冊の『介護誌』です。
何何、体温、血圧、事量、排泄の介助記録、病院への支払い額、購入した用品の領収。 すべての誌の表には、義父の震えるで『由美さん、今もありがとう』とかれた付箋が貼られていました。 これは、私がこのできてきた、誰にも奪うことのできない証拠でした。
午を回った頃、玄関のドアが乱暴にき、夫と美が戻ってきました。 には級寿司の折り詰めが入った袋が提げられています。
「おい、片付いたか?」
夫がリビングに入ってきて、隅に置かれたつのダンボール箱を見ました。
「それだけか? タンスやはどうするんだ」
「全部置いていきます。