"病室を愛人に譲れと言った医師の夫" 第1話
点滴の管を通るたい液体が、腕の血管をじわじわとやしていく。
規則な械音。 腹部に巻かれた胎児拍モニターのベルトが、息を吸うたびに皮膚へい込んだ。
妊娠週。妊娠か。 度の流産を経て、目にしてようやく授かった命だった。 けれど私の体は限界を迎えていて、切迫産の診断でこの産婦科病院に緊急入院していた。
子宮頸管が極端にくなっている。 「トイレ以は絶対静です」 そう主治医の井先に告げられ、私は自費で差額ベッド代を払い、ナースステーションにい特等個に入っていた。
静まり返った部。 い井。 微かな胎をじて、お腹のにそっと掌をねたその瞬だった。
ノックもなしに、病のいドアが乱暴にいた。
入ってきたのは、を脱ぎ捨てて仕てのいいチェスターコートを羽織った夫、浩司だった。 そのろから、ハイブランドの袋を腕に提げた義母、美代子が、値踏みするような線を部にらせながら滑り込んできた。
夫が業している皮膚科クリニックは、ここからで分ほどの所にある。 診察のに、妻の容態を配して駆けつけてくれた――。
そんな甘いは、最初から持っていなかった。 夫の目には、私への気遣いなど欠片も宿っていなかったからだ。
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夫はベッドの元に仁王ちになり、コートのポケットに両を突っ込んだまま、吐き捨てるように言った。
「真由美。その個、織に譲ってくれ」
の奥で、キィンとい属音が鳴った気がした。
点滴の落ちるポタ、ポタという音だけが、異様にきく響く。
「……え?」
それしか声がなかった。 自分の喉が、砂を噛んだようにカラカラに乾いていた。
「聞こえなかったのか? その部を空けて、部に移れって言ってるんだ」
夫は苛ちを隠そうともせず、首の級腕計に線を落とした。
「織もさっき入院した。切迫気で静が必なんだよ。あいつは繊細だから、部の騒音やの気配に耐えられない。おと違って、まだ歳で初めてのお産なんだ。ストレスは敵なんだよ」
林織。 夫のクリニックで受付として雇われ、いつのにか夫のにおさまり、いま妊娠かを迎えている女。
同じ病院の産科にかかっていることはっていた。 夫が配したのだ。 けれど、まさか同じの同じ午に、同じフロアに入院してくるとはわなかった。
「……ちょっと待って」
私はベッドの柵を握りしめた。 指先がくなるほど、く。
「私も、切迫産でけないのよ。絶対静だって、さっき井先から言われたばかりよ。私のお腹にも、あなたの子がいるのよ?」
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私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、背にいた義母が嘲笑うような息を漏らした。
義母はに持っていた袋を私のサイドテーブルに乱雑に置いた。 に入っているのは、自分がデパで買ってきた名の菓子だろう。 点滴で固形物も喉を通らない嫁への見いではなく、自分がべるために持ってきたものだ。
「何をげさに騒いでるのよ、真由美さん」
義母は歩にると、ベッドに横たわる私をから見ろした。 その瞳には、私に向けられ続けてきた、底えのする侮蔑が貼りついていた。
「あなた、もうすぐ歳でしょう? 回も流産して、さんざんいおをかけて妊治療して、やっとできた子じゃない。体が頑丈じゃないのは最初から分かっていたことよ。歳がいってるんだから、の便くらいしなさいな」
「お義母さん……」
「織さんは違うの。まだ若くて、ピチピチしてて、うちの跡取りになる元気な男の子をお腹に宿してくれているのよ。これからのいがある若いお母さんと赤ちゃんに、番いい環境を用してあげるのが、者の務めでしょう? それくらい譲ってあげるのが、医者の妻としての度量ってもんじゃないの?」
度量。 妻の務め。
ので、何かがぷつりと音をてて切れそうになった。
この病院の産科病棟にある特等個は、全部でしかない。 全が埋まっているのは、入院続きのときに助産師から聞いていた。