"泥棒猫と呼ばれた令嬢の即日破談" 第1話
静まり返った座の央通りに面する豪奢なブティックのフロアには、磨き抜かれた理が淡いシャンデリアのを柔らかく反射していた。の喧騒を完全に遮断するガラスのな扉の向こう側は、最級のカーフレザーと厳選されたフレグランスのりがほのかに漂う、選ばれた顧客のためだけの静謐な空だった。ガラスの飾り棚には、職の仕事によって気のくなるようなをかけて仕てられた美術品のごときバッグが、スポットライトを浴びて静かに息づいている。
その棚ので、芹はを止めていた。仕ての良いキャメルのカシミヤコートにを包み、装飾を削ぎ落とした質なシルクのスカーフを首元に巻いた彼女の姿は、派さこそないものの、ち居振るいの端々に育ちの良さと洗練された気品を滲ませていた。彼女の細く入れのき届いた指先が、作のハンドバッグの繊細なステッチを確かめるように、触れるか触れないかの距で宙を泳ぐ。革の鞣しの滑らかさ、縫製糸のピッチ、具のメッキの仕がり。職が込めた矜持を読み解くようにじっと見つめていたその、背から張り詰めた空気を無慮に切り裂くような鋭利なヒールの音が響いた。
「あら、まあ。こんな級なおで、体全体何をしているのかしら?」
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に障る圧な声が、静かな内の静寂を暴力に踏みにじった。振り向くまでもなかった。その独特の甲い声と、どこか者を見すことでしか自のち位置を確認できないような粘りつく響き。芹は静かに息をえ、ゆっくりと線を振り返らせた。
そこにっていたのは、婚約者である智也の母親、雅代だった。
雅代は全をこれ見よがしに主張するハイブランドのロゴで固めていた。首元には振りなパールのネックレスが幾にも巻かれ、首にはのバングルがジャラジャラと音をてている。いかにも成の気配を隠しきれないその装いは、このの持つ抑制の効いた美識とは致命なほどに調だった。彼女の顔には、まるで汚い虫でも見つけたかのようなあからさまな侮蔑と、優越に歪んだ笑が張り付いている。
芹は表を切崩さず、った姿勢のままわずかにをげた。
「こんにちは、お母様。週末ですので、しバッグを見に寄らせていただきました」
努めて穏やかに、礼儀を尽くして返答した芹だったが、その落ち着き払った態度そのものが雅代の神経を逆撫でしたようだった。雅代は眉を吊りげ、扇子を広げるようにわざとらしく両を広げてみせると、を鳴らして歩いを詰めてきた。
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その瞳には、獲物をいたぶる残酷ながぎらぎらと宿っていた。
「バッグですって? ふん、よくもまあそんな澄ました顔で嘘を吐けるものね。の程をりなさい、の程を。結婚から息子の財布をあてにして、そんな分相応な贅沢をする気満々だったわけ? 呆れた。よっぽどというものに目が眩んで、理性を失ってしまったのかしらね」
雅代の言葉は、内の空気を瞬にして氷点へと叩き落とした。数メートル先での顧客に対応していた販売員たちが、驚きに目を見いてこちらの様子を伺う気配が伝わってくる。だが雅代は、自分が注目を浴びていることすら自の権勢の証であると勘違いしているのか、さらに声を張りげた。言葉の端々に滲む悪は、もはや隠しようもなかった。
「だいたいね、どこの馬の骨ともれないような娘が、うちの自の息子に取り入って、そのを骨の髄までいものにする気なんじゃないかしら。智也は流企業で順満帆に世を歩んでいる望株なのよ? その智也が汗垂らして稼いだおを、まだ籍も入れていない分で湯のように使い込むつもり? 恥というものをらないのかしら」
雅代の角から沫がび散らんばかりだった。彼女にとって、息子の智也は己の見栄と虚栄を飾るための最のトロフィーだった。
智也がそこそこの収を稼ぎ、世般でいう勝ち組のレールに乗っていることだけが、雅代のの誇りであり、者を見すための唯の棍棒だったのだ。