"恩人面する夫の47分" 第6話
あれも全部、俺に譲渡してもらう。名義だけおが持っていても、宝の持ち腐れだろう。これに実印を押せば、切れとして200万円はくれてやる。このをて、実のアパートにでも引っ越せ」
200万円。 父がをかけて育てげ、数億円の資産価値を持つ会社を、たった200万で放せと言っている。
私はテーブルのの類を見つめた。 婚届の夫の欄には、すでに浩司の署名と、赤い印が鮮やかに押されていた。
そして、株式譲渡契約。 そこには、私の名があらかじめ印字され、押印用の丸い枠が空のままをけている。
「どうした? さっさと押せ。判子は玄関の引きしにあるだろうが」
夫が苛ちを隠さずに机を叩いた。
私はゆっくりと顔をげた。 数きてきて、これほど静かに、澄み切ったで誰かの目を見つめたことはなかった。
「浩司さん」
「あ?」
「あなた、今の午、会社の当座預から『エム・ソリューションズ』へ、3,000万円の送続きを指示しましたね」
ピキ、と。 リビングの空気が、凍りついた。
夫の眉がピクリとねがり、瞳の奥に確な揺がった。
「な……何を言っている?」
「代表取締役は、伊藤美穂さんの関係者。実態のないペーパーカンパニー。業務改善コンサルティングという名目で、会社の資を抜き取ろうとしましたね」
「由美、お……誰にそんなデタラメを!」
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夫が勢いよくちがった。 顔がみるみるうちに赤黒く染まっていく。
義母が慌てて割って入る。
「ち、ちょっと由美さん! 何を失礼なことを言ってるの! 浩司がそんなことするわけないじゃない! どこでそんな吹き込まれた嘘を――」
「お義母様」
私は義母の言葉を、たく遮った。
「エム・ソリューションズの登記簿謄本も、これまでの自然な額送の細も、すべて経理のさんと顧問弁護士の本先が確認済みです」
「……!? あいつ、裏切りやがったのか!」
夫が激昂し、テーブルを蹴りばした。 湯呑みが倒れ、ぬるい茶がい類のに広がっていく。
「ふざけるな! 俺が代表取締役だぞ! どんな契約を結ぼうと、俺の裁量権の範囲内だ! たかが専業主婦のおが、を挟む権利なんかないんだよ!」
唾をばして鳴る夫を、私は瞬きもせずに見つめ返した。
「裁量権? 会社法の『特別背任』にあたる為に、裁量権などありません」
「な……っ!」
「そして、浩司さん。あなたが本当に恐れているのは、横領がバレることだけではありませんよね」
私はバッグのファスナーをゆっくりとけた。 から、冊の古い業務帳を取りし、濡れたテーブルのに静かに滑らせる。
「……それは何だ」 夫の声が、微かにずった。
「の1118。……製造部の佐々さんの業務誌です」
その瞬。
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夫の顔から、さっと血の気が引いた。 先ほどまでの声が嘘のように、唇がワナワナと震え始める。
「1807分、あなたがビルに入った。 1825分、あなたが社から『赤いファイル』を抱えててくるのを、彼女が見ていました」
「あ……」
「あなたが彼女に『親父はで眠っているから絶対に邪魔をするな』と言った、その部の奥から――父が苦しんでを叩く音が聞こえていたそうです」
リビングの計の秒針の音だけが、異様にきく響き渡る。
チッ、チッ、チッ、チッ。
夫の喉仏が、に激しくいた。 額から、粒の脂汗が吹きし、頬を伝って落ちていく。
「119番を押したのは、それからさらに30分く経った、1854分」
私は席をち、歩、夫に向かって歩み寄った。
「浩司さん。あなたが部に入った、父はまだ、息をしていましたね?」
「ち、違う……! 俺は……!」
夫のがもつれ、ソファへと倒れ込むようにずさった。
「父が倒れているのを見ながら。助けを求めているのを元に見ろしながら。……あなたはそので、庫をけたのね?」
「ひっ……!」
夫の喉から、みっともない鳴が漏れた。
部の隅で、それまで黙り込んでいた義母が、蒼な顔でわなわなと震えながら叫んだ。
「浩司! 嘘よね!? あなた、そんなこと……!」
しかし、夫は母親の問いかけに答えることができない。 ただ、見かれた瞳孔を震わせ、に落ちた帳の文字を、幽霊でも見るかのように見つめ返しているだけだった。
の偽りの平穏が、音をてて崩れ落ちていく。