"二十八年の遺言、追放された妻" 第8話
「はい、翔太」
『母さん……親父から聞いたよ。あの、本当に母さんの名義なのか……?』
「そうよ」
『じゃあ……俺たち、めないの……?』
息子の落胆した声に、胸の奥がしだけ痛んだ。
だが、私はに流されるわけにはいかなかった。
「翔太。つだけ聞いていい?」
『何……?』
「今朝、お父さんから『母さんがをてった』って聞いた、あなた、私の体や気持ちのことを、度でも『丈夫?』って配してくれた?」
受話器の向こうが、息を呑むように静まり返った。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
この子もまた、夫と同じなのだ。母が傷つき、追い詰められてをたことよりも、自分がに入るはずだった広くて派ながに入らなくなることの方を恐れているのだ。
『……ごめん』
消え入りそうな息子の謝罪が聞こえた。
「いいのよ。ただね、は誰かが当然のようにタダでもらえるものじゃないの。よく考えなさい」
私はそう言って話を切った。
午過ぎ、私がマンションのエントランスホールに戻ると、オートロックのガラス扉のに、見覚えのあるがっていた。
正だった。
肩を落とし、疲労困憊といった様子でっていた夫は、私の姿を認めるなり、弾かれたように駆け寄ってきた。
「由美! 話にろよ!」
「何の用ですか」
「話がしたいんだ! 頼むから!」
私はオートロックの鍵を握りしめたまま、ややかな線を向けた。
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「話で話したことがすべてです」
「を売るな!」
夫のから最初にびしてきたのは、私の体調を気遣う言葉でも、これまでの非を詫びる言葉でもなく、やはりその言だった。
私は乾いた笑いを漏らした。
「……やっぱりね。『帰ってきてくれ』じゃなくて、『を売るな』なのね」
正はハッとして顔を変えた。
「ち、違う! そういうじゃない! 俺たち、もあのにんだんだぞ! いがたくさんあるだろ!」
「い?」
「そうだ! 翔太が育っただ! それをに売り払うなんて、お、のがないのか!」
私は夫の目を、真正面から見据えた。
「昨、そのいごと、私をさいマンションにで追いそうとしたのは誰だったかしら?」
正の息が止まった。
「あなたにとって事なのは、あのなの? それとも、私なの?」
夫は何も答えられなかった。
元を歪め、線を元のタイルへと落とし、ただ沈黙した。
その沈黙が、の結婚活の答えだった。
「……帰ってください」
私はそれだけを告げると、オートロックを解錠し、振り返ることなくマンションの奥へと姿を消した。
そのの夜、を回った頃。
私のスマートフォンに、登録のない固定話の番号から着信が入った。
怪訝にいながら通話ボタンを押す。
「はい、でございます」
『夜分遅くに恐れ入ります。私、産の川と申します。
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由美様のお話でお違いないでしょうか?』
産会社。
昼に査定を依頼した興産とは別の、の産会社だった。
「はい、ですが……何か?」
『実は本、ご主様である正様より、ご自宅の売却に関するご相談をいただきまして』
私の全の血液が、サッと音をててえ切っていくのをじた。
「……夫から、ですか?」
『はい。ただ、物件の登記簿を確認いたしましたところ、所者様が由美様のお名義になっておりましたので、売却のご志の確認と、媒介契約のご案内でお話を差しげた次第です』
胸の奥で、ドス黒いりが渦を巻いた。
昼、あれほど「を売るな! いがあるだろ!」と私ので喚き散らしていた男が、そので産へ駆け込み、勝に売却の相談を持ち込んでいたのだ。
「……夫は、売却の理由を何と説していましたか?」
『ええと……息子様ご夫婦に居を購入するための資調達として、現の自宅を速やかに売却して現化したい、と仰っておりました』
私はわず、声をして笑ってしまった。
滑稽すぎて、涙がそうだった。
結局、この男は何つ分かっていないのだ。を翔太に譲るのが無理だと分かれば、今度はを勝に売って現にし、それを息子に買い与えて父親としてのメンツを保とうとしている。
どこまでも、私の志など歯にもかけていないのだ。
『もしもし、由美様? 売却のご志はございますでしょうか?』