"二十八年の遺言、追放された妻" 第5話
「そうよ。をたわ」
『なんでだよ! なんでそんなことするんだよ!』
私はさく息を漏らした。声の調子は、自分でも驚くほど穏やかだった。
「翔太。あの、あなたたち夫婦に譲るんでしょう?」
話の向こうが、ピタリと沈黙した。
苦しい気まずさが、波を通して々しく伝わってくる。
「……ってたんでしょ?」
『……うん』
「いつから?」
『……週くらい、かな』
私はそっと目を閉じた。
正は「先週話した」と言っていた。だが息子は「週」だとを滑らせた。つまり、夫はもっとから、私を完全に蚊帳のに置いたまま、息子夫婦と面で話をめていたのだ。
「どうして、私には言も言ってくれなかったの?」
翔太は困り果てたように息を詰まらせた。
『だって……親父が、母さんには自分からちゃんと話すから、おたちは何も配しなくていいって言ったんだよ……。母さん、俺たち、別に母さんを追いしたいわけじゃないんだよ?』
「ってるわよ。あなたたちを責めているわけじゃないの」
私は淡々と言葉を継いだ。
「美咲さんも、っていたのよね?」
再び、痛々しい沈黙が落ちた。
『……うん。美咲も、親父から聞いてた』
先週、あので私の煮物を受け取りながら、「ありがとうございます」とお茶をしてくれた嫁の笑顔が、脳裏をよぎる。胸の奥がチクリと痛んだ。
だが、私は平静を保ったまま答えた。
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「そう。分かったわ」
『母さん……何だよそれ。……本当に、俺たち、あのをもらっていいの?』
私はちがり、窓のに広がるの空を見げた。
「それを、どうして私に聞くの?」
『え……?』
「お父さんのなんでしょう? お父さんがそう言ってたんでしょう?」
『だ、だって……親父が、俺のだから好きにしていいって……』
「そう。お父さんがそう言っていたなら、お父さんに聞きなさい」
私はそれ以何も言わず、通話終の赤いボタンを押した。
スマートフォンをテーブルのに置く。
部のには、再び完全な静寂が戻ってきた。
議なほど、胸の奥は波っていなかった。むしろ、恐ろしいほど徹に、澄み切っていた。
なぜなら、私はっているからだ。
あのは、夫のではない。
正確に言えば、夫のなどではない。
もっとはっきりと言ってしまえば――あのの産登記名義は、正ではないのだ。
名義は、私。由美なのだから。
計の針を、今からに巻き戻す。
当、義父の健さんが病に倒れ、くなる直のことだった。
当代半ばだった正は、と共同でちげたさな建材会社の経営にき詰まり、額の負債を抱えていた。資繰りは常にので、いつ会社が倒産してもおかしくない危険な状態だった。
もしあのとを正の名義にして相続させれば、会社の債権者から差し押さえを受け、競売にかけられてに迷うことはを見るよりらかだった。
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病にあった義父は、息子の愚に胸を痛め、私を、病院の個へと呼んだ。
『由美さん。このとは、すべておの名義にしておく』
私は驚いて、首を横に振った。
『そんな……お義父さん、それは困ります。私のような嫁の名義にするなんて、正さんも納得しません』
しかし、義父は衰した首をく横に振った。
『あいつは、の管理が絶望にだ。の丈にわないばかり見て、に守るということをらん。このを正に渡せば、あっというにに渡ってしまう。由美さん、頼む。おがあいつの借から、このを守ってくれ。お名義にしておけば、誰もしはできんからな』
義父は懇にしていた司法士を病に呼び、正式に贈与の続きをめた。そのには、ならぬ正自も同席していた。自分の借のせいでを失うかもしれないというろめたさから、当の正はさくなってその続きを黙認していたのだ。
だが、そののという歳が、愚かな男の記憶を都よく塗り替えてしまった。
会社は何とか持ち直し、宅ローンの返済を正の料から引き落としていくうちに、夫の脳内ではいつのにか「俺がを払って維持してきた=俺の」という歪んだ方程式が完成してしまったのだ。自分が名義ですらないという法な事実など、綺麗さっぱり忘れって。