"二十八年の遺言、追放された妻" 第2話
「くに、さいマンションでも借りればいいだろ」
その言葉を聞いた瞬、私は危うく喉から乾いた笑い声を漏らしそうになった。
「借りる……? 私たちが、賃貸を?」
「ああ。どうせ子どもも独してきりなんだから、このは広すぎるんだよ。夫婦が寝起きするだけなら、2DKかそこらのマンションで分だ」
それ、いつから決まっていたんだろう。
私は線を落とし、目のの製ダイニングテーブルの目をじっと見つめた。に婚活を始めたとき、具で何も迷って買ったテーブルだった。いのに表面のニスは剥げ、翔太が幼い頃にフォークの先でつけたさな凹み傷が、今も指先に微かな触を残している。窓から差し込む夕の角度も、になるとえ込む側の廊の軋みも、階段の段目を踏んだときに鳴る特の音も、そのすべてが、私にとっては族とともにき抜いてきた「」そのものだった。
そのすべてを、この男は「広すぎるから」の言で捨てろうとしている。
「……翔太は、ってるの?」
私の問いかけに、正は誇らしげに胸を張って答えた。
「もちろんってるよ」
その「もちろん」という無邪気な響きが、鋭利な刃物のように私の胸の奥くに突き刺さった。
もちろん。
つまり、このので、この話をらされていないのは、私だけなのだ。
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「……美咲さんも、ってるの?」
「当たりだろ。夫婦なんだから、あいつらでびしてたぞ」
私はまた、く唇の端を持ちげた。
「……いつ、話したの?」
「先週だよ、先週の曜だ」
先週。
私は記憶の糸を繰り寄せた。先週の曜、私は朝からをかけて根菜の煮物を作り、タッパーに詰めて、に乗って翔太たちのむマンションを訪ねていた。
玄関先で迎えてくれた美咲さんは、いつもと変わらない懐っこい笑顔を浮かべていた。
『お母さん、わざわざありがとうございます! がってお茶でもんでいってください』
そう言って、淹れたての温かい緑茶と、丁寧に切り分けられたロールケーキをしてくれた。世話にを咲かせ、翔太の況を聞き、美咲さんの仕事の話にを傾けた。
あの。
私が笑顔でお茶をすすっていたあの瞬、美咲さんはすでに、このを丸ごと自分たちに譲り受けるという話を、正から聞かされていたのだ。そして何わぬ顔で、私に「ありがとうございます」と微笑みかけていた。
の芯が、奇妙なほど冴え渡っていくのをじた。
族。みんなっている。夫も、息子も、息子の嫁も。
私だけが、何もらされていなかった。
「……どうして、私に言も相談してくれなかったの?」
私の静かな声に、正は持っていた箸をごとりと箸置きに戻した。
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そうにを鳴らし、腕を組んで背もたれに寄りかかる。
「言ったら、おがどうせ反対するだろ」
その言で、すべてが腑に落ちた。
これは相談ではない。ただの事報告だ。私が反対することが目に見えているからこそ、堀をすべて埋め、息子夫婦と話をつけ、決定事項として私のに突きつけてきたのだ。
「……もし、私が反対したら?」
私がまっすぐに夫の瞳を見据えて問うと、正は眉を寄せて嫌そうに顔を歪めた。
「もう決めたことだからな。何を言っても無駄だ」
「誰が決めたの?」
「俺が決めたんだ」
「あなたが?」
私は目を細め、静かに問い詰めた。
「そうだよ。ここは、俺のだろ」
その瞬。
、この胸ので張り詰めていた細い糸が、音もなく、綺麗に千切れた。
俺の。
、このにのすべてを捧げてきた。朝くから起きて掃除をし、だらけのを洗い、庭のをむしり、夫が脱ぎ散らかした靴を拾い集め、義父の排泄の世話までして取った。
しかし、この男にとっては、ここは最初から最まで「俺の」でしかなかったのだ。
私は、ただそこに政婦のようにまわせてもらっていただけの、名もなき同居に過ぎなかったのだ。
私の沈黙を、諦めと従順の印だと受け取ったのか、正は満そうに顎をしゃくって言葉を続けた。
「それにさ、翔太は男なんだぞ。
いずれこのは、全部あいつに渡すつもりだったんだ。親父の代から続くだしな。