みかん小説
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"二十八年の遺言、追放された妻" 第1話

夕暮れの台所には、煮干しと昆布で取った汁の柔らかな湯気がちのぼっていた。

鍋の蓋がことこととさく震え、刻んだ根と油揚げが煮汁を吸い込んでいく。はすっかりが落ち、晩のたいが台所の曇りガラスを微かに揺らしていた。私はいつもと同じように、慣れたつきで菜の浅漬けを鉢に盛り分け、炊飯器の蓋をけてちる真っな蒸気のでしゃもじを滑らせ、炊きてのご飯をつの茶碗によそった。

、毎繰り返してきた夕暮れの儀式だった。

居の引き戸をけると、夫の正はすでに定位置である緑の座子に腰をろし、元のリモコンでテレビのニュース番組をぼんやりと眺めていた。定を迎えてから、嘱託として週にほど勤め先にてはいるものの、にいるは格段に増えていた。幾分髪の混じったを掻きながら、テーブルに並べられた夕に目を落とすでもなく、ただ元の画面のかりに顔を青く照らされている。

「ご飯、できたわよ」

私が声をかけると、正は無言でテレビの音量をしげ、割り箸を割った。私も向かいの席に腰をろし、をわせてから箸を取る。

事の始まりは、いつも静かだった。根の噌汁をすすり、焼き魚のをほぐす。

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テレビから流れるアナウンサーの械な声だけが、のの空を埋めていた。

その静寂を破ったのは、正のあまりにも唐突で、あまりにも常な声音だった。

「この、翔太たちに譲るから」

椀を持ったまま、噌汁を喉へと流し込み、空になった椀をごとりと机に置く。そのつきは、まるで夕のに見るテレビのチャンネルを変えるかのように、何の引っかかりも、躊躇いもなかった。

私の指先が、ぴたりと止まった。

持ちげていた箸の先から、切れの漬物が鉢のへと音もなく落ちた。

「……何を?」

私の問いかけに、夫――正は、面倒そうに私の顔を瞥し、もう度同じ言葉をにした。

「だから、このだ。翔太と美咲にませることにしたんだよ」

部の空気が、瞬にして凍りついたような気がした。

テレビの音声だけが、どこかい世界の来事のようにぼんやりと響いている。私はテーブルのに置かれた夫の顔を、じっと見つめた。正は私の線を気にするでもなく、根の煮物に箸を伸ばしている。

この。

、婚のに建てられ、夫婦で暮らしてきたこの。幼かった翔太が廊をり回り、柱に背丈を刻み、義父の健さんが病に倒れたときには私が病を続け、最はこの部の畳ので見送った。居の壁が焼けすればでカタログを選んで張り替え、庭の隅には翔太が学に入学した記に犀の苗を植えた。

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何もの歳をかけて、族の体温を吸い込み、軋むの枚にまでいが染み付いた、私たちが老を過ごすはずだった。

そのを、夫は何の相談もなく、息子夫婦に譲るとで決めていた。

私は数秒、瞬きもせずに夫の横顔を見つめ続けた。

りが爆発するわけでもなかった。声を取り乱して問い詰めるわけでも、涙が込みげてくるわけでもなかった。私の胸の奥に広がったのは、どこまでも透で、どこまでもややかな、い諦に似ただった。

私は、元に微かな笑みを浮かべた。

「……そう」

正は、私が激昂も取り乱しもせず、ただ静かに頷いたのを見て、すっかりしたような表を浮かべた。眉の皺を緩め、がを得たりとばかりに饒舌に言葉をね始める。

「翔太たちも、そろそろ広いが必だろう。結婚してになるし、そろそろ子どもができるかもしれない。あいつらが今んでる賃貸マンション、狭だって美咲さんもこぼしてただろ。このなら部数も余ってるし、あいつらがむのが番無駄がない」

私は自分の膝ので両を揃え、静かに尋ねた。

「私たちは? 私たちは、どこにむの?」

正は箸を止め、しだけ面倒くさそうな顔をして私の顔を見返した。眉の端を吊りげ、さも当たりのことを聞くなと言わんばかりの調で吐き捨てる。

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