みかん小説
本棚

"午前二時の着信と百枚の遺言" 第12話

「俺……じゃ、無理だった。千尋を育てるのも、真由がいなくなった寂しさに耐えるのも……じゃ、どうしようもなくなっちまった。……母さん、お願いだから、伝ってくれないか。俺を……助けてくれ」 い沈黙のあと、受話器の向こうから聞こえてきたのは、母親の押し殺した嗚咽だった。 『……バカだね、あんたは』 母親は泣いていた。りではなく、い堵とびの混ざった涙声だった。 『何を臭いこと言ってるの……当たりじゃないの。母親に助けてって言うのに、何でヶもかかるのよ……!』 背から、父親の「おい、拓也か!? どうしたんだ!」という慌てた声が聞こえてくる。 『お父さん、して! 今すぐ拓也のところにくわよ! ……拓也、そこにいなさい。お母さんたち、すぐにくから。朝ごはん、何かべるもの持っていくからね。待ってなさいよ!』 「……うん。ありがとう、母さん。待ってる」 通話が切れたあと、拓也はスマートフォンを胸に抱いたまま、しばらくかなかった。 その背は、昨夜のような絶望なささではなく、い鎧を脱ぎ捨てて素直なを取り戻した、の息子の背だった。 「言えたな」 私が声をかけると、拓也は涙で濡れた顔をげ、さく笑った。 「ああ。言えたよ。……体が、すっごく軽くなった気がする」 「それが『誰かに頼る』ってことだよ。真由さんがおに教えたかったのは、その軽さだ」

広告

両親が到着するまでの、私たちは部の片付けを始めることにした。 リビングや廊のあちこちに貼られた、無数の付箋やメモ用。 それらは朝の澄んだので、淡いピンクや黄、の彩を帯びて部を彩っていた。 「これ……どうする?」 私が尋ねると、拓也は部のをぐるりと見渡した。 「剥がすよ。でも、捨てるんじゃない」 拓也はリビングの戸棚から、冊の真しい分いスクラップブックを持ってきた。表にはまだ何もかれていない、無のクラフトのノートだった。 「ここに、枚ずつ貼っていこうとうんだ。真由が残してくれた言葉を、いつでも千尋と緒に見返せるように」 「いいアイデアだな」 私たちは、宝物を集めるようにして、部のメモを枚ずつ丁寧に剥がし始めた。 セロハンテープの端を慎に浮かせ、粘着面を傷つけないように剥がしていく。

キッチンの戸棚の裏。 『千尋の乳が始まったら、まずは参をすりおろしてね。甘いからきっと好きになるよ』 洗面所の鏡の隅。 『拓也さん、顔が悪くなったらすぐにを測ってね。あなたはしすぎるから、倒れるまで気づかないんだから』 寝のクローゼットの扉。 『千尋のは、番の段の装ケースに入ってるよ。黄いおさまのカバーオール、拓也さんが選んでくれたやつ、着せてあげてね』

枚剥がすごとに、真由さんの声が部に響くようだった。

広告

彼女は自分の期を悟った病で、あるいは帰宅を許されたわずかなので、どれほどの祈りを込めてこの片を貼り付けて回ったのだろう。 自分の命が尽きても、自分のだけはこの部に留まり続け、夫を守り、娘を育てるのだと信じて。 拓也はスクラップブックのページをき、スティックのりで枚ずつ、丁寧にメモを貼り付けていった。 ページをめくるたび、真由さんの跡が、った文字から次第に震え、乱れていくのが分かった。 の震えを抑えるためにく押し付けられたペンの跡。途で途切れたインク。滲んだの端。 それは、壮絶な闘病の記録であり、同に、の恐怖に打ち勝ったの、純粋なの結晶だった。 「これ、見てくれよ」 拓也が指差したページには、細い付箋にかれたい文があった。

『千尋が初めてったら、たくさん褒めてあげてね。拓也さん、抱っこしていいしてあげてね』

「まだつのなんて、半以先の話だぞ」 拓也が笑いながら、目を押さえた。 「あいつ、そこまで見越していてたんだ。千尋が歩いて、喋って、幼稚園にって、ランドセル背負うところまで……全部、全部、緒に見ていたかったんだろうな」 「見てるよ」 私は拓也の隣に座り、ノートの余を見つめた。 「真由さんは今も、これからも、おと千尋ちゃんのにいる。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: