"午前二時の着信と百枚の遺言" 第1話
え切った夜の空気が、の輪郭を鋭利に削り落としていくような季節だった。
スマートフォンの画面が暗がりので青く点滅し、震えを繰り返したとき、私はまだ残業の類を抱えたまま、駅のコンビニエンスストアの軒でち止まっていた。吐きす息はく、指先は悴んで覚を失いかけていた。
液晶に浮かびがった名を見た瞬、臓の奥がたく縮みがるような嫌な予がった。
拓也。
代からの腐れ縁で、互いのの内も、さも、くだらないもすべてり尽くしてきた親友の名だった。だが、その名が私の携帯に表示されるのは、実にかぶりのことだった。
通話ボタンをスライドさせ、受話器をに押し当てる。
「もしもし、拓也か」
こちらの声に対して、すぐには何の応答も返ってこなかった。ただ、受話の向こうから、浅く乱れた呼吸の音だけが、まるで底から漏れる気泡のようにさく、途切れ途切れに聞こえてくる。雑音ではない。のが、胸の奥で何かを必に押し殺そうとして、それでも抑えきれずに喉を鳴らしている、切迫した気配だった。
「おい、どうした。拓也、聞こえてるのか」
私は歩を歩くを止め、灯の暗いので受話器をく握り直した。
い沈黙のあと、掠れた、今にも擦り切れそうな声が膜を震わせた。
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それは、私がこれまでいので度もにしたことのない、あまりにも無力で、砕け散った男の声だった。
「……助けて、くれ」
それだけだった。
「拓也? おい、何があった!」
「もう……だめだ。俺……どうしたらいいか、わからないんだ……たすけて……」
言葉はそこで途切れ、乾いた嗚咽がマイクを叩いた。赤ん坊のがついたような泣き声が、くの背景から微かになって聞こえてきた。
「今すぐく。くな、そこにいろ」
私は通話を切ると、持っていた仕事の鞄を抱え直し、夜の帳がりたへと弾かれたように駆けした。元の湿ったアスファルトを蹴るたびに、臓が鐘のように肋骨の内側を打ち鳴らす。拓也のアパートまでは、れば分ほどの距だった。タクシーを探すすら惜しく、私はただひたすらに、のたいを喉の奥へ吸い込みながらり続けた。
拓也という男は、昔から誰よりも頑固で、誰よりもに音を吐かないだった。
のサッカー部で激しい接触プレーから首の靭帯を痛めたときも、顔つ変えずに練習を続け、指導者に止められて病院へ運ばれたときには骨にひびが入っていた。学をてさな設計事務所に就職してからも、理尽な納期や現の無茶振りに文句つ言わず、目のに隈を作りながら「任された仕事だからな」
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と笑って煙を吸っていた。
に甘えることを極端に嫌い、自分で背負い込むことこそが男の責任だと信じて疑わない。そんな器用なき方しかできない男だった。
その拓也が、でもない私ので、あんな壊れそうな声で「助けてくれ」と言ったのだ。尋常であるはずがなかった。
角を曲がるたびに、拓也の妻だった真由さんの顔が脳裏をかすめた。
真由さんは、拓也の頑固でいを、の陽だまりのように柔らかく解きほぐしてくれる女性だった。
が会ったのはの、共通のがいたさな事会だった。自己主張が得ではない拓也が端の席で居悪そうにウーロン茶をんでいるのを、真由さんはすぐに見つけし、隣に座ってのない世話を振ってくれた。柄で、いつも丸い目を細めて柔らかく笑うだった。保育士として働いていた彼女は、の痛みに誰よりも敏で、周囲が気づかないようなさなしみや緊張を、驚くほど自然なつきで包み込んでしまうような温もりを持っていた。
「あいつ、おといるときが番らしい顔をしてるよ」
結婚が決まった夜、居酒でで乾杯したとき、私がそう言うと、真由さんは嬉しそうに照れ笑いを浮かべ、拓也のい肩を突いた。
「拓也さん、では格好つけてばっかりだから。
ではちゃんと音を吐いていいんだよって、毎言ってるんですけどね」