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"認知症の父がベッド裏に隠したノート" 第10話

父はネクタイをしだけ緩め、柔らかな、けれど昔と全く変わらないい慈に満ちた差しで私を見つめた。

「お帰り、菜。……会いたかったよ」

「お父さん……! 分かってるの? 全部、がはっきりしてるの!?」

私の驚愕の声に、父はしだけ寂しそうに眉をげ、自嘲気に笑った。

「いや、全部が全部、正常というわけじゃないんだ。医者の検査結果の通り、俺が脳血管性の認症を患っているというのは紛れもない事実だよ。だがな、まだ初期の段階だから、病気のことも理解できているし、こうしてが澄み渡って普通に考できるもちゃんとあるんだ。ただ……母さんたちのでは、し袈裟にボケたふりをして、演技をしているんだよ」

運ばれてきたアイスコーヒーのグラスがテーブルに置かれる、私は息を呑んで唇を噤んでいた。たいストローにをつけ、喉を潤してから、震える声で問いかける。

「どうして……どうしてそんな演技なんてするの?」

私はバッグから、昨茜から渡されたあのさなメモを取りし、テーブルのに差しした。

「病院の護師さんね、私のの同級だったの。このメモをこっそり渡されたんだけど……お父さん、何か関係あるの?」

父はメモにかれた茜の名とメッセージに目を落とすと、目を細めて穏やかに微笑んだ。

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「そうか……嬉しいなぁ。たかだかの来患者のことなのに、おの友達は、俺の異変にちゃんと気づいてくれていたんだね」

父はグラスの滴を指先でなぞりながら、ぽつりぽつりと、病気を自覚し始めてからの々のことを語り始めた。

「最初はね、軽い痛と吐き気だったんだよ。だが、数で治まったし、今えばそれが最初のさな脳卒だったんだろうが、そのは『のせいで疲れが溜まっているのかな』くらいにしかわずに見過ごしてしまった。だが、それからしばらくして、急に物忘れが増えてきたんだ。類の置き所が分からなくなったり、の名が喉までかかっているのにてこなかったり……元が急につまずくことも増えてきてね」

「そのは、まだ病院にはかなかったの?」

「ああ、認めたくなかったんだろうな。自分ので騙し騙し過ごしていた。だが、いよいよこれは誤魔化しがきかないと観したのは、運転にブレーキの踏み方が瞬分からなくなったあのだ。恐怖でが震えて、すぐにを端に寄せて、病院の予約を取ったんだよ」

母から聞かされていた話と寸分違わぬ経緯に、私はく頷いた。

「それからは、自分が認症になって格が崩壊していくんじゃないかという恐怖で、がおかしくなりそうだったよ。

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毎が怖くて、怖くて、自分のを抱え込むだけで精杯で、周りのことなんてまるで見えていなかった。……だがな、あるの夜、喉が渇いてトイレに起きた、リビングのかりがついているのに気づいたんだ。美津子がまだ起きているのかとって声をかけようとドアにづいたんだが……から聞こえてくる会話を聞いて、俺はドアノブを握ったまま凍りついたよ」

「……どんな話をしていたの?」

「病気の話だよ。だが、それは病に倒れそうな夫を案じる会話などでは決してなかった。どこの施設へ放り込むか、俺がんだらいくら保険が入るか、俺の識がなくなったらこのをどうやって売り払って遺産を分けるか……そんな計算い話ばかりを、美津子と娘たちがあざ笑うように楽しそうに話しっていたんだ」

父の拳が、テーブルクロスのでギリギリと音をてて震えていた。

「俺は自分のや体が壊れていくのが怖くて仕方がなかったというのに、族は……俺がもく完全にボケて、何の抵抗もできなくなることを待ちにしていたんだよ。その方が、を自由にできて都がいいからな」

「そんな……! お父さんとお母さん、別に仲が悪かったわけじゃないじゃない!」

あまりのショックに、私の声がずった。だが、昨夜から実で過ごしたわずかなので、母と姉たちが放っていたあの酷な空気をい返せば、父の告が紛れもない真実であることは痛いほど理解できた。

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