"認知症の父がベッド裏に隠したノート" 第9話
絵里が吐き捨てるように言った。私は困惑のあまり眉をひそめた。
「ごめん、ちょっと言ってることがよく分からないんだけど……所じゃダメなの?」
すると、母がえ切った声で、信じがたい本音を淡々とにしたのだ。
「自宅からくれた施設じゃなきゃ、施設から『がた』だの『暴れた』だのって呼びされたに、断りづらいじゃないの。私たちにだってね、それぞれの仕事や活があるのよ。お父さんの介護ばっかりにかかりきりになって、自分のを犠牲にするわけにはいかないのよ」
「……えっ?」
絶句する私を、織が酷な差しで睨みつけた。
「あんたがお父さんのことをそんなにだとうなら、あんたが神戸に連れて帰って、あんたの自宅のそばの施設に入れて面倒を見てあげればいいじゃない。それができないくせに、私たちのことをたいだなんて責めるようなを利かないでよね!」
実の母親と姉たちのから、淀みなく吐きされる酷極まりない言葉の数々。 かつて同じ根ので暮らしていた族が、り切った父親に対してこれほどまでにのかけらもない打算と保だけでいていたという事実に、私は言葉を失い、ただ目のに置かれためかけの湯呑みの面を見つめることしかできなかった。
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翌の曜。 本来の予定であれば、今、ファイルにまとめた施設のから何箇所かをピックアップして見学にくはずだった。 しかし、昨の医師の「まだい」という診断もあり、何より母と姉たちが「所の施設なんて絶対に嫌だ」と頑なに拒絶したため、予約していた見学はすべてキャンセルすることになった。
神戸で待つ悠也や輝のことが気になり、午の幹線で々に帰宅してしまおうかとも考えた。だが、父がこので普段どのような扱いを受け、どのような状態で暮らしているのかをもうし見極めたいといういが勝り、私は結局、幹線のを夕方に遅らせて実に留まることにした。
昼、リビングの窓際で所なげにを眺めていた父の背に、私はそっと声をかけた。
「お父さん、気分転換にちょっとそこまで散歩でもかない?」
父はゆっくりと振り返り、昨の病院のと同じように、どこか頼りなげな笑みを浮かべて答えた。
「……どちら様でしたかな?」
胸がチクリと痛んだが、私は笑顔を作って言った。
「菜だよ。久しぶりなんだから、緒に散歩しようよ」
「ああ、菜か。公園で滑り台がしたいのかい? よし、こう、こう」
まるで私がまだ歳か歳の幼児であるかのような調でちがる父。その背に向けて、台所で洗い物をしていた絵里が、皮肉たっぷりの声を投げつけてきた。
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「たまに京に帰省してお客さん気分でいるだけなら、私だってそれくらい優しくできるわよ」
昨、病院のロビーで会った瞬までは、ごく普通の族だとっていたはずの々。それなのに、今や母と姉たちがにする言句のすべてが、え切った嫌と悪に満ちて聞こえる。なぜ私たちの族がこれほどまでに歪んでしまったのか、私には理解できなかった。
れの柔らかな漏れの、私と父は並んで、実のの緩やかな坂をゆっくりとっていった。 所の児童公園の入りが見えてきた、そのだった。 私の隣を覚束ない取りで歩いていたはずの父が、急にを止め、私の顔を真っ直ぐに見つめて囁いたのだ。
「菜。公園の向こうの通りへて、どこか喫茶に入ろう」
「……えっ? お父さん?」
私が驚いて目を見張ると、父の瞳からは先ほどまでの濁ったような曖昧さが完全に消えり、極めて固でなが宿っていた。父は差し指を自分の元に当てて静かに微笑むと、通りの方角を顎で指し示してみせた。
通りを渡り、本裏に入った静かなに佇む、古びた純喫茶。 カランコロンとドアベルを鳴らして内に入り、番奥の暗いボックス席に腰をろすと、父はく、い溜め息を吐きした。
「……ふう、疲れた。
ここなら、美津子にもお姉ちゃんたちにも見つからないだろう」