"認知症の父がベッド裏に隠したノート" 第4話
受話器越しに伝えられる父の奇妙な言は、を追うごとにエスカレートしていった。自分の部の所が分からなくなってをうろついたとか、夜に突然起きして「仕事にかなければならない」と靴を履こうとしたとか、母の報告を聞くたびに、私の胸ので「父は本当に認症を発症してしまったのだ」という確信がたく固まっていった。 これまで私の内や親しいのに、認症を患ったはいなかった。だからこそ、病気の速度というものがこれほどまでに凄まじいものなのかと、私は恐ろしさを禁じ得なかった。まるで急勾配の坂を、ブレーキの壊れた荷が転がり落ちていくかのような速さだった。
私は仕事のや夜の静寂のでパソコンをき、京都内、特に実の最寄り駅からアクセスの良い介護施設や特別養護老ホームの報を徹底に調べげた。パンフレットを取り寄せ、費用や入居条件、医療連携の体制などを比較検討し、めぼしい施設の資料を何箇所かプリントアウトして、冊のいクリアファイルに丁寧にまとめた。それが、方にむ娘として、今できる精杯の準備だった。
そして、の朝がやってきた。 肌寒いの空気の、子供たちをいつものように「いってらっしゃい」
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と笑顔で学へ送りした、私は施設の資料を詰めたファイルをトートバッグに押し込み、神戸駅へと向かった。 幹線の指定席にを沈め、京へと滑りす窓の景をぼんやりと眺める。で何度もき来した幹線の内だったが、これほどまでに胸が押し潰されそうな苦しい気持ちで京を目指すのは、まれて初めてのことだった。
窓のを流れる富士の稜線を見つめながら、私はのでひっそりと祈り続けていた。 どうか、今、実に帰っているいだけでもいい。ほんのわずかなでいいから、父の識が澄み渡り、昔のようにまともな会話を交わすことができますように――と。 私には、父の記憶が完全に失われてしまうに、どうしても確かめておかなければならない、最の疑問があったのだ。 もし今回の会を逃してしまえば、父からその真実を聞きすチャンスは、おそらく永に失われてしまうに違いなかった。
母からは「病院の最寄り駅で待ちわせるより、直接現のロビーで落ちいましょう」と言われていたため、京駅で幹線をりた私は、そのままタクシーに乗り込んで指定された総病院へと向かった。 首都速の渋滞を懸してかなり余裕を持った便を選んでいたため、病院のエントランスに到着したには、約束ののちょうどだった。
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ガラス張りの巨なロビーには、診察を待つ勢の患者やその族が、規則正しく並べられたいすに腰掛けて静まり返っていた。の効きすぎたフロアには、独特のアルコール消毒液の匂いと、械が発する微かな周波音が満ちている。 私も空いているプラスチックの子を見つけて腰をろし、膝のに乗せたバッグからクリアファイルを取りして、めぼしい施設のページをパラパラと指先でめくりながらを潰していた。
「……菜?」
静寂を破るように、にから私の名を呼ぶ声がってきた。 聞き覚えのあるような、けれど酷く懐かしい響き。 私がファイルを閉じて顔をげると、そこにはいのをに纏い、聴診器を首にかけた若い女性護師がっていた。彼女はマスク越しでも分かるほど目を丸く見き、興奮を隠せない様子で私の顔をまじまじと見つめていた。
「やっぱり……! 菜、菜でしょ!?」
突然のことに私のは追いつかず、ただポカーンとをけて相の護師を見返すことしかできなかった。代半ばを過ぎたの女性。引き締まった目元と、清潔のあるショートカットの黒髪。けれど、私の記憶の引きしのには、を着た医療従事者のりいなどもしなかった。
私の困惑を察したのか、その女性はマスクの端をしだけ引きげ、自分のの元を指差してみせた。