"妻の失踪から90日、誰かが場所代を払っている" 第10話
「……何の用だ」
械越しに届いた私の声は、ひどくかすれていた。
『あ、兄貴? なんだ、にいたんじゃん』
スピーカーから流れてくるのは、昨夜と変わらない、甘えたような弟の声。 だが、その語尾にはねっとりとした気がまとわりついていた。
『ちょっとさ、話があるんだよ。けてよ。寒くてさ』
「……そのにあるものは何だ」
直は線を自分のへ落とし、わざとらしく軽く持ちげて見せた。
『これ? に転がってたやつ。ほら、兄貴のところのオートロック、たまに調子悪いだろ? 鍵がかなかったら困るからさ。……それより兄貴、机の、見たんだろ?』
臓が、底へ向かって滑り落ちていく覚がした。
「机……?」
『とぼけなくていいって。さっきに来たから様子おかしかったしさ。……義姉さんの机の番、隠し底になってただろ。そこに挟んであった類、持ってるよね?』
息が止まる。 こいつは、すべてっていた。 妻が何を隠し、どこに隠していたのかまで、最初から把握していたのだ。
『あれさ、俺の事な仕事の類なんだよ。義姉さんが勝に持ちして隠しちゃってたやつ。返してよ。今すぐ』
「……事な類?」
りなのか恐怖なのか、自分でも分からない震えが全を支配していた。 元にあるクリアファイルを、指がくなるほどく握りしめる。
「これは、おの百万円を超える借の通だ。
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……連帯保証の欄に、俺の名と実印がある」
モニターのの直が、ふっと表を消した。 え切った、のような目がカメラを見つめる。
『……見たんだ』
「お、半……の更類だって嘘をついて、俺にこれへサインさせたのか?」
沈黙が落ちた。 数秒の、廊の換気扇の音だけがスピーカーを通じてザラザラと響く。
やがて、直はさくを鳴らした。
『嘘って聞きの悪いこと言うなよ。あの、ちゃんと「保証」っていてあったじゃん。兄貴がろくに読みもしないでハンコポンポン押したんだろ? 俺が無理やりを掴んでかせたとでも言うわけ?』
「直、お……!」
『けてよ、兄貴』
直がドアノブにをかけ、ガタガタと激しく揺すった。 属と属がぶつかりう、暴力な音が玄関に響き渡る。
『話しおうぜ。族だろ? 兄貴がサインしたんだから、兄貴にも責任あるんだよ。母さんだって倒れそうなんだ。今すぐここけろよ!』
ドスッ、とい衝撃がドアにった。 レンチの先で、ドアの鋼板を叩いた音だ。
「やめろ!」
私は受話器を投げ捨て、玄関の内側へ駆け寄った。 サムターン回し防止のカバーがついた鍵を両でにロックし、ドアチェーンをかける。
「警察を呼ぶぞ!」
ドア越しに叫んだ。 喉の奥が引き裂かれそうだった。
のきが、ピタリと止まった。
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数秒の、ドアの向こうから、くぐもった嘲笑が漏れてきた。
『……警察? 呼べばいいじゃん』
直の声は、驚くほど静だった。
『呼んで何て言うの? 「弟がドアを叩いてます」って? 民事介入って言葉、らないの? 借の保証に自分の志でサインしたマヌケな兄貴を、警察が助けてくれるとってんの?』
言葉がなかった。 正論の形をした悪が、私の急所を確に抉り抜いていく。
『それにさ……警察呼んだら、ご所さんに全部バレるよ? 「あそこの藤井さん、奥さんに逃げられた挙句、弟とで揉めてパトカー呼んだらしいわよ」って。……兄貴、そういうのっ嫌いじゃん。世体、事だもんね?』
血の気が引いていく。 私のさを、こいつはり尽くしている。 の目を恐れ、波をてることを極端に嫌い、いつも「穏便に」済ませようとしてきた私の卑怯さを。
その、隣の部のドアがく乾いた音がした。 ゴミしにたの音。 直がさく舌打ちするのが、ドア越しに聞こえた。
『……ちっ。今は引いてやるよ』
ドアノブからがれる気配がした。
『、母さん連れてもう回くるからさ。逃げんなよ、兄貴』
ざかっていく音。 エレベーターの到着を告げる子音が鳴り、やがて階へとりていった。
私はそのにへたり込み、たい玄関のたたきに両をついた。
額から脂汗がポタポタと落ちて、タイルの目に吸い込まれていく。
リビングの奥では、放置された固定話から、ツコツコと虚しい発信音が鳴り続けていた。