"妻の失踪から90日、誰かが場所代を払っている" 第9話
張のの朝だった。 スーツケースに荷物を詰め込み、に追われていた私に、直は類の束を差ししてきた。 「ここ、名いて実印押すだけでいいから」 直が指さした所に、私は内容も読まず、ろくに確認もせず、言われるがままに名をき、実印を押した。
『持つべきものは頼りになる兄貴だな! ありがと!』 そう言って笑っていた直の顔。
あれは、の更類などではなかった。 百万円を超える、直の事業資の追加借入と、その連帯保証契約だったのだ。
めくった類の枚目に、妻のきの付箋が貼られていた。 妻の、細く震える跡。
『信の担当者に確認済み。 俊介さんの署名と実印が使われているため、法に無効を主張するのは極めて困難とのこと。 直さんはすでに返済をか滞納している。 このままでは、俊介さんの与と座が差し押さえられる。 俊介さんに話したが、「直がそんなことするはずない」と鳴られ、取りってもらえなかった。 直さんから夜に話あり。「余計なことを嗅ぎ回るな、兄貴にチクったらどうなるか分かってるんだろうな」と脅迫された。 もう、俊介さんには何も言えない。 このには、私の方はもいない。』
付箋の文字が、ポタポタと落ちる私の涙で滲んでいく。
妻は、戦っていたのだ。
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私と、私の庭を守るために。 破滅に向かって転がり落ちていく私のを、たったでい止めようとしていたのだ。
それを、私は。
「直はそんな奴じゃない」 「おは警戒しすぎだ」 「族を信じろ」
そうやって妻をたく突き放し、あまつさえ弟に妻のきを漏らし、妻を孤無援の恐怖に叩き落とした。
妻が失踪夜、なぜカーテンの話をしたのか。 そのが、痛烈な激痛となって胸を抉った。
あれは、最の確認だったのだ。 まだこのに、夫と共にしいカーテンを選ぶ未来が残されているのかどうか。 私というが、まだ踏みとどまることができるのかどうかを、妻は最の最に見極めようとしていたのだ。
そして私は――あの夜も、妻の怯えを笑いばした。
プルルルル、プルルルル。
リビングの静寂を切り裂いて、固定話の親がけたたましく鳴り響いた。
呆然とちがり、ふらつくで受話器を取る。
「……はい」
『俊介?! 俊介かい?!』
受話器の向こうからび込んできたのは、母・澄の取り乱した鳴だった。 過呼吸のような、引きつけを起こしたような声。
『母さん……? どうしたんだよ』
『直が……直のが変なことになってるのよ! さっき、怖いたちが来てを差し押さえるって……直が泣きながら話してきたの! 「兄貴に全部押し付けられた、兄貴が裏切った」
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って! 俊介、あんた体何をしたの?!』
受話器を握る指から、血の気が失せていく。
『直はあんたの弟じゃないの! あんたが保証になってるんだから、あんたが何とかしてあげなさいよ! 里奈さんがてったのも、あんたがたいからでしょ?! 族を見捨てる気かい?!』
母の切り声が、鼓膜を裂くように響く。
その、玄関のインターホンが、くい音をてて鳴った。
ピンポーン。
臓がねがった。
インターホンのモニターを見る。 そこには――
黒いナイロンジャケットを着た直がっていた。 昨夜の笑顔は消え失せ、底暗い、酷なを宿した瞳で、カメラのレンズをじっと見据えている。
そのには、バールのような属の棒が握りしめられていた。
モニターの青いのに、弟の顔が浮かびがっていた。
黒いナイロンジャケットの襟をて、フードを目に被っている。 にぶらげていたのは、バールではなかった。 のホイールをすための、字レンチ。 先端のたい鋼鉄が、共用廊の蛍灯を鈍くね返している。
『俊介……! 聞いてるの、俊介!』
放りされた受話器から、母の甲い鳴が漏れ続けている。 だが、私のにはもう届かなかった。
ピンポーン。
度目のチャイム。 画面のの直は、度だけ角を持ちげて、無質に笑った。
その目が、レンズの向こうの私を正確に射抜いている。
インターホンの通話ボタンを、震える親指で押し込んだ。