"妻の失踪から90日、誰かが場所代を払っている" 第8話
「……なら、見せられるはずだろ」
私は引かなかった。 直をまっすぐに見据えた。
直は数秒、私を射殺すような目で睨みつけていたが、やがて舌打ちをし、顔を背けた。
「……紛失したんだよ。先、カード壊れて再発したから、の細なんかないよ」
嘘だ。 あまりにも稚拙な、子供のような嘘。
直はっていたのだ。 妻がに駐に現れたことを、何らかの段で察し、翌すぐに現へ駆けつけた。 だが、妻はすでにちっただった。 だからこそ昨夜、私が「美浜」とにした瞬、あいつは『あの見つかったの?』とを滑らせたのだ。 妻を追うために。
「もういいよ。帰ってくれ」
直は背を向け、奥の作業へ戻ろうとした。
「兄貴、言っとくけどさ、母さんにも余計なこと吹き込むなよ。母さん臓悪いんだからさ。族を疑うような真似、みっともないからやめろよ」
『族を疑うような真似』。 母が昔から、私に言い聞かせてきた呪いの言葉だ。 男なんだから弟を支えなさい。 族なんだから臭いことを言うな。
私は何も言わず、のプレハブをた。
に戻り、ハンドルに額を押し当てた。 全の震えが止まらなかった。
直は何を探している? 妻の居所か? それとも――妻が持っている「何か」なのか?
のに、閃のようにある景が浮かんだ。
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自宅の、妻の部。 結婚した当初、私が買い与えたさな製のライティングビューロー。 妻は几帳面な性格で、費の領収や医療費の細、通帳の類を、すべてその机の番の引きしに保管していた。
妻がいなくなった、私はその引きしを度だけけた。 は綺麗に片付けられており、な類はほとんど残っていなかった。 警察もそこを瞥しただけで、「持ちされていますね」と片付けた。
だが、本当にそうだったのか?
を急発させ、自宅へと引き返した。
*
無のマンションにび込み、靴を脱ぎ散らかして寝の奥へ向かった。
妻のライティングビューロー。 無垢材のチェリーウッドで作られた、さな机。
私はに膝をつき、番のい引きしを引き抜いた。 空っぽの箱。
目を凝らして、引きしの鍵穴の周りを見た。 息が止まった。
真鍮製のさな鍵穴の縁に、鋭利な属で抉られたような、真しい無数の引っかき傷がついていた。 が削れ、い肌がしている。
……ピッキングの跡だ。
妻がをたに、誰かがこの引きしを無理やりこじけようとした。 から侵入した形跡はない。 この部の鍵を持っていたは、私と――
『兄貴が倒れたら変だからさ、鍵持っとくよ』
そう言って、妻が消えた翌週に鍵を預かっていった、直だけだ。
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直は、私が留守のにこの部に入り、この引きしをけようとしたのだ。 妻が隠した何かを奪うために。
私は引きしの箱を裏返し、机の奥の空洞にを突っ込んだ。 板の継ぎ目、奥の隙、底板の裏。 指先を真っ黒にしながら、狂ったようにまさぐった。
そして――奥の背板と底板のに、わずか数ミリの隙があるのを見つけた。 隠し底。 指先をねじ込み、いベニヤ板を力任せにに引っ張る。
バキッ、と乾いた片の割れる音が響いた。
隙から、枚のクリアファイルが滑り落ちてきた。
に落ちたその類を、震えるで拾いげた。 何枚かの類のコピーが、ホチキスで留められている。
番にあったのは、ある方信用庫からの類だった。
『期限の利益喪失予告通 並びに 最終催告』
付は、妻が失踪する週。
主債務者:藤井 直(限会社ナオキパーツ) 借入残: 8,400,000円 延滞利息: 428,190円
百万円。 直が抱えていた、焦げ付いた巨額の借。
私の線は、そののに吸い寄せられた。 文字が歪んで見えた。 の奥で、何かが激しく砕け散る音がした。
連帯保証:藤井 俊介 所:京都区……
私の名だった。 私の。 そして、その横に鮮に押印された、朱の印。
私の実印だった。 印鑑登録証の番号まで、几帳面に記載されていた。
「……あ」
声にならない呻きが、喉から漏れた。
半の記憶が、鮮血のように鮮やかに蘇る。
『兄貴、のテナントの更なんだけどさ、保証の欄にちょっとサインしてくれない? 類揃えるの変だから、兄貴の印鑑証も枚取っといてくれたら助かるんだけど』