"妻の失踪から90日、誰かが場所代を払っている" 第4話
『あ、兄貴? 今どこにいんの? マンション寄ったんだけどかりついてないからさ。……もしかして今も、どっか義姉さんのこと探しにってんの?』
夜の駐のたい潮が、いたドアの隙から吹き込んできた。 のの片に刻まれた『直には絶対にらせないで』という文字が、暗がりので黒々とっていた。
「……もしもし、直か」
喉の奥がカラカラに渇いて、自分の声がのように擦れていた。
のの片。 『特に、直には絶対にらせないで。』 妻の殴りきが、網膜の裏側に焼き付いてれない。
受話器の向こうで、弟の軽な声が微かにトーンを変えた。
『兄貴? 声、変だよ。邪でも引いた?』
「……いや。ちょっと、仕事でバタバタしててな」
必で呼吸をえた。 臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく打ち鳴らされている。 管理詰所の老が、油ストーブの赤いの越しに、審そうに私をじっと見つめている。 私は背を向け、受話器をで覆った。
「今、どこにいるんだ?」
『兄貴のマンションの。仕事く終わったからさ、総菜買って寄ったんだけど、鍵閉まってて。もしかして今も、どっか義姉さんの掛かり探しにってんの?』
弟の声には、いつも通りの気遣いと、懐っこい温度があった。 母に似た、しにかかる柔らかな声。 幼い頃から、私が守ってきた歳の弟だ。
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「……いや。今は千葉のほうで、取引先との打ちわせだったんだ。もう速乗るから、もすれば戻る」
『そっか。じゃあのエントランスで待ってるよ。ビールもえてるしさ、しもうぜ』
通話が切れた。 ツコツコとたいツーツー音がの奥に残る。
私はしばらくの、画面が暗くなったスマートフォンを見つめたまま、けなかった。
千葉の青空駐。 127番区画にめられた、埃まみれのシルバーのセダン。 そして、妻が失踪から目にき残した、この切れ。
「旦さん」
管理の老が、い声で声をかけてきた。
「その、どうするんだい。警察呼ぶなら、ち会うけど」
「……いえ」
私は咄嗟に首を振った。 妻の言葉がので叫んでいた。 『警察には言わないで。』 『特に、直には絶対にらせないで。』
「し、考えさせてください。今分の駐料は、、指定の座に私が必ず振り込みます。だから……このは、そのままにしておいてほしいんです」
老は眉にい皺を刻んだが、それ以は何も詮索しなかった。 ただ、同とも呆れともつかない溜め息をつ吐いて、帳簿をバタンと閉じた。
詰所をると、のたい潮が、汗で濡れたワイシャツ越しに肌へ突き刺さった。 シルバーのセダンに、もう度だけ目をやった。 助席の暗がりに転がる、い緑と紺のチェック柄のマフラー。
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、私が買ってやったもの。
里奈。 おはあの、ここで何をしていたんだ。 どうして、直なんだ。
に乗り込み、エンジンをかけた。 震えるでシフトレバーをドライブに入れ、夜の湾岸へと滑りした。
*
区のマンションに着いたのは、夜の半を回った頃だった。
オートロックのエントランスホールに入ると、ロビーのソファに腰掛けていた直が、コンビニの袋を揺らしながらちがった。 作業着のから羽織った黒いナイロンジャケット。 のにしパーマをあてた茶髪。 昔から領が良くて、誰にでも好かれる弟の顔。
「遅かったじゃん、兄貴。顔悪いよ。ホントに丈夫?」
直が駆け寄ってきて、私の肩をポンと叩いた。 そのの平の温もりが、なぜか無性にたくじられた。
「ああ、悪い。首都が混んでてな」
「飯った? ほら、駅の焼き鳥で買ってきた。兄貴、最まともにってないだろ」
エレベーターに乗り、自宅の鍵をける。 妻が消えてから、か。 空気の循環が止まったような、湿った活臭がにつく部。
直は慣れた様子でキッチンへき、皿に焼き鳥を並べ、缶ビールをつけた。 妻がいなくなってからというもの、直は週に回はこうしてやって来ていた。 蔵庫の賞期限が切れた牛乳を捨ててくれたのも、散らかった洗濯物を畳んでくれたのも直だった。
『兄貴が倒れたら、義姉さんが戻ってきたにられちゃうからさ』