"妻の失踪から90日、誰かが場所代を払っている" 第3話
でもな、先、奥さん本がここに来たんだよ」
臓が、今度こそ喉からびそうになった。
「え……? 先……?」
「ああ。だ。昼過ぎにな、帳簿の所変更の件でちょっと聞きたいことがあるって、ふらりと現れたんだ」
全の血が逆流するような衝撃だった。
。 妻が消えたのはだ。 つまり、失踪から目。
か半もの、方が分からず、警察も親族も誰もがかりを掴めず、私が毎晩リビングで泣きかしていたあの期に。 妻はこの所へ、自分のできて現れていたというのか。
「嘘だ……本当ですか? 見違いじゃないですか?」
「見違いなもんか。ほら、これを見な」
老がノートをき、あるページを指さした。
の付の横、来訪者欄。 細く、几帳面な、文字のトメとハネがった独特の跡。
『藤井 里奈』
違いなく、妻の字だった。 婚姻届をしたも、マンションの更類にサインしたも、卓のメモに残されていたも、いつも私が見ていた妻の跡そのものだった。
息ができない。 妻はきていた。 なくとも、いなくなってからか半が過ぎた点では、完全に無事で、自分ので歩き、ここにサインをしていたのだ。
事件に巻き込まれて監禁されていたわけでも、でき倒れていたわけでもない。
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妻は、の世界で、自分ので呼吸をしていた。 私に言の連絡もよこさないまま。
「その……妻は何をしていましたか? 誰かと緒でしたか? に乗ってどこかへきましたか?」
声が震えて、掠れていた。
「だったよ。のの荷物をし理して、ゴミをまとめてたな。をかす様子はなかった。で、帰りがけにこの詰所に寄って、これを預けていったんだ」
老は引きしの奥から、形号のい封筒を取りした。 表面には何もかれていない。糊付けはされておらず、属のクリップで留められているだけだった。
「預けていった……?」
「ああ。『もし主がここを探し当ててやって来たら、これを渡してください』ってな。正直、夫婦喧嘩ででもしてんのかとって、余計な詮索はしなかったんだが……あんた、本当に何もらなかったんだな」
差しされた封筒を、私は奪い取るように受け取った。
のみはほとんどない。に入っているのは、おそらく便箋が枚きりだ。 指先が激しく痙攣して、クリップをすことすらままならない。
妻はっていたのだ。 いつか、座の残が尽き、督促状が自宅に届き、私がこの127番区画に辿り着くことを。 すべては、計算されていた。
暗い詰所の蛍灯ので、私は封筒からつ折りにされたを引っ張りした。
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普通の、どこにでも売っているA4のいコピー用だった。
そこに、黒のボールペンで、わずかだけがかれていた。
『ここを見つけても、警察には言わないで。』
そのには、を空けて、よりい圧でこう殴りきされていた。
『特に、直には絶対にらせないで。』
文字が、網膜に焼き付いてれなかった。
……直?
のが真っになった。 直とは、私の弟だ。 歳の、私の実の弟。
なぜ、直の名がここにてくる?
直は、妻が消えたあのから今までのか、誰よりも私の方でいてくれただ。 仕事を休んで警察署に付き添ってくれたのも、隣の聞き込みを伝ってくれたのも、毎週末のように私のマンションに酒と惣菜を持って訪れ、「兄貴、しっかりしろよ、俺がついてるからな」と励ましてくれたのも、全部、直だった。
妻を探すために、私と緒に必になってを駆け回っていた実の弟を、妻は「絶対にらせるな」と名指しで拒絶している。
背筋を、氷を注ぎ込まれたような気が駆け抜けた。
そのだった。
ズボンのポケットので、スマートフォンがけたたましく振した。 液晶画面を見る。
表示された名は――『直』。
息が止まった。 指が張り、画面をスワイプすることができない。 詰所の老が、眉を寄せて私の顔を見つめている。
震える指で通話ボタンを押し、に当てた。
「……もしもし」
自分の声が、の声のようにく掠れていた。
受話器の向こうから、聞き慣れた、軽やかで懐っこい弟の声が返ってきた。