みかん小説
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"存在しない306号室" 第5話

コンクリートの気と、古いの匂い。 そして、奥から聞こえる、かすかなの唸り声。

懐灯のが、物置の奥を照らしす。 倒れたモップと洗剤のポリタンクの向こう。 奥の壁にあるはずのクロス貼りのが、自然にくり抜かれ、い防扉がぽっかりとをけていた。

その先には、本館のへと突きした、錆びだらけの細い鉄骨の渡り廊が、暗のを対岸の廃墟――使われなくなっていたはずの『旧館』へと、まっすぐに伸びていた。

鉄骨の渡り廊は、暗の虚空へ向かって舌のように突きしていた。

元を見ろすと、メートルの底にたいが激しく叩きつけている。 すりは赤茶に腐し、塗装が魚の鱗のように剥がれ落ちていた。 その先にあるのは、昭代に閉鎖されたきり、ツタと雑に覆われて放置された『旧館』の階部。

かつて本館と旧館を繋ぐ点検用キャットウォークだった所。 客が通る所ではない。 従業員ですら、設備点検のとき以はち入らない危険区画。

「……こんなところに、あの子たちを?」 藤原先の声が、たいの音にかき消されそうになる。 懐灯を握るが刻みに震え、の輪が錆びたグレーチングのを定まりなく彷徨っていた。

「宮本さん、戻りましょう。ここ、が抜けるわ。

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危なすぎる」

「待ってください」 私は306号――物置のに膝をついた。 スマートフォンのライトを面にづける。

埃と断材のがく積もったコンクリートの。 その表面を指先でそっと撫でる。 跡は、の歳が積もらせたのに埋もれていた。 けれど、防扉の枠の属部分。 から約メートル、ちょうどの胸のさに、引っ掻いたような傷が残っていた。

何かが擦れた跡。 リュックの具か、あるいはスニーカーのゴム底か。

「先、警察を呼ぶに、確認したいがいます」 私はちがり、埃を払った。 「この宿の元経営者です。井正彦。まだこの町のくにんでいるはずです」

「井さん……? でも、あのは、警察に『旧館には誰もち入っていない』って証言したのよ」

「だからです。この扉に306といたのは誰なのか。そして、なぜ教員用の部割り表にだけ、この通が『客』として登録されていたのか。……現をっていたは、学側だけじゃありません」

町れにある宅。 傾いたトタン根の平のにったとき、脚はさらにまっていた。 呼び鈴を何度押しても反応はなかったが、勝のガラス越しに暗い居のかりが見えた。

ドアを叩く音をめると、ようやくチェーンのかかった引き戸がセンチだけいた。

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「誰だ、こんなに」 隙から覗いたのは、髪の混じった痩せこけた男の顔だった。 歳。の写真より頬がげっそりと落ち、目つきだけが異常な警戒を宿している。

「井正彦さんですね」 私は会社の分証ではなく、に母が作っていた『報提供を求めるチラシ』を差しした。 姉の顔写真が印刷された、褪せた。

男の目が、その写真に留まった瞬。 球が微かに痙攣したのを、私は見逃さなかった。

「……何の用だ。当のことは、警察に全部話した」 乱暴に扉を閉めようとする力に、私は咄嗟に革靴の先を挟み込んだ。

「306号のことです」

扉のきが、ぴたりと止まった。

「清掃具置のプレートのに、油性ペンで306とかれていました。奥の防扉も、旧館へ繋がる鉄骨通も、そのまま残っています」 私の喉からた声は、自分でも驚くほど徹だった。 「井さん。あの旅館、来週にはが入って基礎ごと破壊されます。隠したって、解体業者の現監督が真っ先に見つけますよ。違法増築と、ち入り禁止区画の放置」

「……脅す気か」 男の嗄れた声に、焦燥が混ざる。

「脅しじゃありません。事実です。私は建築設備の図面を管理する仕事をしています。あの連絡通、野県の建築確認申請台帳には記載されていませんよね? 昭の消防法改正の際、旧館の避難基準を満たせなくなって、図面は『撤完』として県に虚偽の報告をした。

違いますか」

チェーンがれる鈍い音が響いた。

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